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第6話「再生の始まり」

 エスタの言葉に動揺する。まだ出会ってそれほども経ってない。頭の中も整理できていない状況で、またひとつ頭を痛ませる要因が増えた。


「私、別に権力も地位も要らないわ」


 必要なのは帝国という巨悪の進撃が止む事。それ以外にない。その主張に、エスタは見かねたような表情で小さく息を吐く。


「クレールもそう言っただろう。だがな、契約者……。そなたは何も持っていない。今はただの持たざる者(・・・・・)だ。アドワーズの尊厳を踏み躙られ、守ってきたものを略奪され尽くした空っぽの器に過ぎぬ」


 剣を手にしてスッと彼女の首元にあてがう。


「器は満たされねば、血は捧げなければ何も得られぬのが世の理。何も持たずして戦うのは愚者なる振る舞いである。そなたの首が繋がっている意味を考えよ。舌が動く理由を知れ。その指先ひとつでも選択を間違えれば、死ぬのはそなたなのだ。クレールのように魔法も使えず私のように戦場を駆けられぬのなら、そなたが出来る事は指揮者として頂きに立つ。それ以外にないと知るが良い」


 ごくりと息を呑む。額に滲んだ冷や汗がつうっと頬を垂れた。


 エスタの剣が雫を刃に乗せ、ふわっと煙になって消える。彼女はフッ、と笑って再び姿見に映った自分を見つめて少しだけキメ顔をしてみせながら。


「まあ、とはいえ選ぶのは契約者だ。私はそなたが畑を耕したいというのなら従うのみ。命が尽きるまで傍にいろというなら全うするまで。魔族には寿命など存在しないに等しいゆえ、願うのならば叶えてやるとも」


 忠告はしたと告げて甲冑を身に着け、窓から外を眺める。


「……そうね。あなたの言う通りかも」


 持たざる者に成し得られる事はない。紅茶を飲んでクッキーを齧っていればいい日常に甘んじて平和を享受していたがゆえに足下から全てをすくわれた。


 認めたくはなかったが、帝国は強かった。たとえ手段が悪しきものだったとしても、自らが求めたものを得るために大地を踏み、血を捧げて剣を振るってきた者たちを相手に自分の強さなど比べる事さえ烏滸がましいと納得できる。


 だが、今はどうか。自分には何かを得る機会が与えられた。戦う強さと立ち上がれる精神を持っているのに何も要らないと言う愚かさ。


 奪われたものを奪い返すためには武器がいる。戦う意志のある者たちと対するのに必要なのは言葉ではないのだとエスタに気付かされた。


「勝てる戦いに勝とうとしないなんて、あまりに贅沢で傲慢な話だったわ。何も持ってないくせに、周りから見たらさぞ滑稽だったでしょうね」


「フッ、そうだな。ではなんと命令するかね?」


 振り返った鋭い笑みを浮かべる女に、ひとつ命令を下す。


「当面の目標は帝国を討つ事。そのための下準備として、あなたの言う通り魔族の封印を解くわ。────たとえそれがご先祖様の意に背く事だとしても」


 エスタが窓に向けて手を翳す。放たれた黒い爆炎が宮殿の壁ごと吹き飛ばして陽射しを招く。アドワーズ皇国の無惨な世界を映しながら彼女は言った。


「良かろう、我が契約者。この絶望の色をよく覚えておけ。その瞳に宿し、脳裏に刻め。努々忘れるな、己が生まれ落ちた国の終焉と再生の始まりは今、この瞬間から始まるのだ。────行こう、我が新たなる王よ!」


 差し伸べられた手に触れる。もう後戻りはできない。ここで拒めば良かったと後悔するのはなしだ。待ち受けるのが偉大で邪悪な物語だったとしても、何も得られず終わるだけの短い人生を過ごす悲劇よりマシなものになる。


 それが、フロレント・クレール・フォン・アドワーズ。偉大なる魔導師と呼ばれた先祖クレール・ディア・アドワーズの血を引く者の選択だった。


「……ね、あなたの言葉を信じてもいいのよね」


「私は裏切らないさ。新たに契約でも交わそうか」


 空いた手にどこから取り出したかも分からない羊皮紙をひらりと指に挟む。びっしり書かれた文字に、フロレントはくすっと笑う。


「要らないわ。あなたが嘘を吐くようには見えないもの」


「ふむ、であればこれは捨てよう」


 風に乗って羊皮紙がどこか遠くへ飛んでいく。


 長く続いたアドワーズ皇国の平和も終わり、今はただ虚しく過去が眠るだけの地となった。新たに生まれ変わるときを待つために。


「ねえ、やっぱりひとつだけ約束してくれる? 契約書は要らない。口約束だけでいいの。……これからの事を考えると胃が痛みそうだから」


「構わないとも。言ってみたまえ、契約者」


 不安はある。いくら資格があるとエスタが言っても、他の魔族はどうか分からない。彼女の言葉通りならば素直に従うほど弱くもなければ簡単に認めてくれるほど愚かでもないだろう。この先に待ち受ける全てが恐ろしかった。


 ぎゅっとエスタの手に握り、少しだけ震えた声で────。


「全て上手く行く。……そう言ってくれるだけでいいわ」


「……はっはっは、本当に欲のない契約者だ!」


 豪快な笑い声が廃墟の広がる都に響く。


「そのような矮小な物言いをするでない。契約者よ、この混沌に満ちた世界に根ざす愚鈍なる者共に、真たる覇道とはなんたるかを知らしめてやるのだ! このエスタ・グラムが永劫の勝利をそなたにくれてやろう!」

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