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第10話「これだから人間は」

 しっかり咎められてエスタに連れて行かれるフロレントをハンカチでひらひら別れを惜しむような仕草で──内心では爆笑ものだったが──見送り、一瞬だけエスタに睨まれて、そっと視線を逸らす。


「おお、こわ……。今回は諦めてもらうかのう」


 後で説教だな、とため息を漏らしつつ会議室へ向かう。既に大勢の支援者が集まっており、総勢三十人を越える貴族たちを前にヤオヒメは緊張の欠片も見せない。丁寧に愛想笑いを浮かべて、深くお辞儀をしてみせた。


「遅れてあいすまぬ。俺様は代理を務める禍津八鬼姫。故あって我が主は今宵の会議には出席できぬようになってしもうた。今宵はよろしくお頼み申す」


 ハシスが率先して立ち上がり、「ヤオヒメ殿、来て頂けて光栄です」とお辞儀で返すと他の者たちも一斉に彼に倣った。


「ああ、どうもどうも。こりゃすまんのう」


 いつの間にか空席にヤオヒメは座っている。先ほどの態度は何だったのかと思うような普段通りの仕草で、キセルを咥えてぴこぴこ揺らす。


「ヤオヒメ殿。フロレント皇女は体調が良くないのかね」


 不安そうにハシスが尋ねる。彼女は袖で口元を隠してくすっとしながら。


「案ずるな。少々世話焼きの女に捕まってのう」


 顔ぶれをじろりと見回して、耳を澄ませた。


「……まあそれなりじゃな。して今日の議題は今後の円滑な支援のため商会に協力を仰ぐ件からじゃったか。ハシス、こちらは任されていると聞いておるが」


 問われてハシスが自信たっぷりな笑みを浮かべた。


「君たちの要望通り、いくつかの商会に声を掛けさせてもらった。皆、ぜひとも協力したいと、今日は都合がついた何人かを連れてきた」


 紹介された者たちが小さくお辞儀をする。彼らをジッと見つめながら、ヤオヒメが机を指先で二回トントン叩くと、彼らの前に赤と黒の盃が現れた。注がれている液体は無色透明だが確かに酒の匂いがした。


「それは俺様が遥か昔に呑んでいた酒じゃ。今の時代では手に入らぬ貴重なものぞ。存分に味わって飲むが良い、俺様の期待の大きさと知れ」


 不遜な態度にしか思えないヤオヒメだが、彼女が魔族である事を考慮すれば非常に貴重な体験のひとつであると彼らは目の前に置かれた酒に惹かれた。高価なだけでなく、価値あるものに目がなかった。


「あのう、すみません。私には酒がないようですが」


 そのうち一人が手を挙げて気まずそうな笑みを見せる。ざわつく中をヤオヒメがたったひと言「てめえに期待はしてねえ」とハッキリ言い放った。


 冷たく切り裂くような言葉。思わず押し黙りそうなものを、整った口ひげをした男は気丈にも不安に心臓が潰れかねない中で理由を尋ねた。


「我々カイム商会は抱える馬車の数も随一です。支援物資の運搬から皇都内での配布業務などにも尽力する準備がございます。フロレント皇女のご要望に関しましても、商会の運営などの許可を頂ければ────」


 ふわっ、と会議室の長いテーブルの上に乗ったヤオヒメが、下駄をからんころんと鳴らして歩き、カイム商会の男の前に立って見下ろす。


「てめえの名前はたしか、なんつったかのう?」


「トグラと言います。カイム商会の三代目です」


「そりゃ立派じゃなァ。実に素晴らしい功績じゃ」


 キセルをぴこぴこ揺らして、ニコッと微笑む。


「だがここはルバルスじゃねえ、アドワーズだ。土地が欲しけりゃ自分の国へ帰りな。見返りを求めるなとは言わんが、相応の事はこちらもしてやったはず。腐りきった帝都を落とすだけでは事足らんかったかえ?」


 火の付いていなかったキセルが煙をふわっと吐き出す。


「わ、私がいつそのような事を……」


「聞こえるんじゃあ、すまんのう。俺様は耳が良くてな」


 細められた目が刃のように鋭くトグラを睨む。


「商会の運営ィ? アホな事をぬかすな。てめえルバルスじゃロクデナシ共とつるんで土地転がしで荒稼ぎしてたんじゃろうが、ここでそれが出来ると思うなよ。口封じするより先にてめえを八つ裂きにしてやろうか?」


 彼女の言葉に驚く者たちがいる中でハシスだけが静かに聞いていた。今回の会議でひとつだけフロレントが知らない事があったとすれば、それは彼が『国内で良くない動き方をする商会がいるが、それが誰であるか尻尾を掴めないでいる』と直接、エスタに依頼があった事だ。


 今回、フロレントがまた傷つくのではないかと恐れたエスタはなんとか出席させないよう、シャクラとヤオヒメに相談していた。


「ま、まさか。そんな証拠でもあると言うのですか。私たち商会というのは利益ばかりを追求するのではなく民からの信頼あって初めて成り立つ稼業でもあるのですよ。そもそも、ルバルスでそのような行いは禁止されていて……」


 ふうーっ、と話を遮って煙を吐き、ヤオヒメがニヤニヤする。


「左様。だからこそ心の声が聴ける俺様が会議に出てやったんじゃ、間抜け。ラタトスク三番街のドナートって男が仕切ってんじゃろ? 先代のときからの付き合いみたいじゃのう。道までしっかり見えておるぞ」


 つま先でトグラの顎を持ち上げながら、彼女は愉しそうに言った。


「ルバルスじゃ稀に死体が川に浮いてる変死事件があったそうじゃのう。そういった口封じ専門の手合いはどこにでもおるもんじゃて。……なあ?」


木偶人形たちが周りに集まって来る。ハシスもがっかりした様子だった。


「残念だよ、トグラ。君たちカイム商会には我々も世話になっていた。最近では特に良い噂を聞かなくなっていたから、まさかとは思っていたが」


「ち、違います、陛下! これは何かの間違いで……」


 コンッと頭をキセルで叩かれる。


「だから俺様は人間が嫌いなんじゃ。この狡賢い猿めが。間違いかどうかはこれから調べれば済む話。俺様が手を貸してやれば一日も掛からぬ」


 木偶人形たちに捕らえられ、しばらくは監禁される。ハシスたちが実態を掴めば連行させればいい。出席していた一同も緊張の糸が僅かに解れた。


「安心せい。俺様の盃で酒を飲める名誉は、この先千年経とうとも保証される。アドワーズが存続する限りの話ではあるがのう!」


 悪質な商売敵も消え、ヤオヒメにも認められた以上、彼らは誠心誠意を以て復興に協力する決意を固めた。そこからは話も順調に進んでいき、ハシスのひと声もあってアドワーズ皇国復興までの道のりはさらに短いものとなる。


 その間にヤオヒメが木偶人形たちを遣って用意させた料理でもてなしを済ませ、解散の時には一人一人と固い握手を交わして「今後もよろしくお頼み申します」と先ほどまでの猛獣さながらの態度を崩して真剣な表情で深く頭を下げていった。


「ハシス、あいつらは明日の朝には帰るのか?」


「その予定だよ。君には大きな借りができてしまったね」


「きっひっひ! 返してほしい時に返してもらえると助かるのう!」


「ぜひともそうさせて頂きたい。いつでも助けになろう」


 深々とハシスが頭を下げ、息を吸い込む。


「本当にありがとう。これでルバルスで無実の人々が一人でも多く救われる。帝都の事といい、どれほどの言葉を並べても足りない程だ」


「……構わぬ、頭をあげよ」


 心からの感謝。まったく曇りない、ルバルスという小国の未来と共にアドワーズの復興を祈る彼の言葉に、ヤオヒメは少し照れくさくなった。


「てめえらには期待させてもらおう。俺様は構わぬが、フロレントだけは裏切ってくれるなよ。あれは本当に純粋で心の優しい娘じゃからのう」


「当然だとも。これからのアドワーズも、決して裏切らないと誓う」


 固く握手を交わして、ハシスが部屋に戻っていくのを見送って小さく手を振りながら、「これだから人間は嫌いなんじゃ」と少し嬉しそうな顔をした。

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