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第7話「芽生え」

「あ。ちょっと待って、ヤオヒメ」


 扉に手を掛けたところで呼び止められて振り返る。


「なんじゃ? 他に何か頼みたい事でもあるのか?」


「いや、そうじゃなくてね」


 う~ん、と顎に指を添えて不思議そうに首を傾げた。


「本当にルヴィって消えたの?」


「……間違いない。俺様が看取ったからのう」


 光となって消えた。生命の気配も魔力の痕跡も残らなかった。彼女の遺した温もりも、もうどこにもない。はっきり見届けたと彼女は言う。


 どこか釈然としないフロレントの表情に眉間にしわが寄った。


「何か俺様が見間違うたとでも言うのか?」


 心から響いてくる声も『だったら』と奇妙なものだ。何が言いたいのかさっぱり分からず返事を待っていると、やはり釈然としない様子のまま────。


「なんだか、こんな事言うと変な話に思うかもしれないんだけれど、帰ってくる気がするのよね……。なんでだろ、私も分からないの」


 彼女の言葉をヤオヒメは馬鹿にしたりも呆れたりもしなかった。ただ奇妙だと思い、ジッと観察して、あるひとつの変化に気付く。


「てめえ……。さっきは気付かなかったが、まさか?」


 途端に戻って来てフロレントの肩をがっちり掴む。じっくりくまなく見つめて、変化への疑問は確信に変わった。新たなもの(・・・・・)が彼女の中に芽生えている。


(コイツ、魔力が宿ってやがる。いったいいつから……)


 とても小さく、灯火のような魔力だ。何かを成す事はとても不可能な量でしかない。だが僅かな変化でも大きく育つ芽になる兆しと言えた。


「あ、あの……ヤオヒメ? 私がどうかしたの?」


「いや、なんでもねえよ。悪いのう、俺様の勘違いじゃ」


 妙な事を言って期待を持たせてしまうのも申し訳ない、とひとまず胸に留めておいて、ヤオヒメは部屋をあとにした。フロレントに黙って向かった先はエスタが仕事中の執務室だ。


 いつもよりも慌ただしさのある雰囲気への違和感が、やっと部屋から出て来た事てを喜ぶ空気ではない事に気付いたエスタが書類の束を机に置く。


「やっと部屋から出て来たか。貴公ほど感情が理解できると、そうまで落ち込むものなのだな。……それで、私に何か不満でも言いに来たか?」


「阿呆。てめえに文句なんざ言っても仕方ねえじゃろう」


 一歩を重くして歩きながら、机にばんっと手を突く。


「てめえ、フロレントの近くにいて気付いておらなんだのか。あやつ、いつから魔力をあの体に宿しておるんじゃ。あれは……」


「いやいや、ちょっと待て。なんの話をしている?」


 急いで話をしようとするヤオヒメを手で制して落ち着かせる。エスタには寝耳に水だ。突然やってきて、フロレントが魔力を持っているとは信じがたい。


「順を追って話せ。貴公の事だから嘘など吐くまいが、私はそれほど理解力のある方ではない。落ち着いて説明してくれなくては困る」


「お、オウ……。すまぬ、ちいとばかし急ぎすぎちまった」


 頭を冷やして深呼吸。それからフロレントの中に小さく芽生えた黄金の魔力(・・・・・)について話すと、エスタも途端に表情を変えた。


「────つうわけで、アイツは間違いなくクレールと同じ魔力(・・・・・・・・・)を持ってる。今は小せえ、吹けば飛ぶようなもんでしかねえがのう」


 想像だにしない出来事に期待を抱く。魔導師として覚醒すれば、今後大きな問題に直面しても彼女自身の力で解決できる事も増えるかもしれない。


 しかしヤオヒメは逆。彼女に芽生えた魔力は不安定に思えた。


「どうする、エスタ。魔力を消滅させるなら今が楽じゃろう」


「何故だ、良い傾向ではないか。大魔導師の再来やもしれんぞ」


「てめえはアレが奇跡か何かの類だとでも思ってやがるのか」


 部屋の扉がガチャリと音を立てて閉まった。


「魔力ってのは後天的に宿ったりしねえ。そのうえアイツは『ルヴィが帰って来る気がする』なんぞとぬかしやがった。最初は俺様よりショックがでかくて頭がおかしくなっちまったのかと思ったが……」


 ぎろりと睨みつけ、窘めるように彼女は言葉を鋭くした。


「クレールが身に宿した『直感』に似ておる。あの膨大な千年先まで見通す力を不完全な器で使えば、いずれ罅が入るぞ。何か手を打たねばならん」


 フロレントの肉体はいわば小さな杯だ。今は一滴の魔力でも、注がれ(増幅を)続ければ、やがて満たされ、溢れてしまう。もし過剰な魔力の影響が本人にないとしても周囲への影響は計り知れない。


「うむ……。貴公の考えにも一理ある。ゴグマのように生命力と魔力を変換できるのであれば話は変わるが、我々にそういった能力はないし、器としての素養を育てるとしても……なぁ……」


 しばしの沈黙。適当な事はできないので、名案が浮かばないかとじっくり思案して、先にぽんと手を叩いて「あ、それなら」と声をあげたのはエスタだった。


 魔力の扱いに関してはエスタもヤオヒメも一流の域だが、育成といった観点で見たときに誰よりも適任だと言える者がいる。過去に二人も育てた男だから間違いないと確信があった。


「シャクラに頼もう。ルヴィとユピトラの才能を見抜いて育てた男だ、きっとあれなら良い解決策を知っているだろう」

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