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第6話「心の再出発」

 子供のようにわんわん泣いていたヤオヒメが、フロレントにしっかり抱き着いて顔を埋めながら「それは出来ぬ」とぐずぐずな声で返す。


 他の面々がルヴィのためにと動く中で自分だけがジッと部屋に引きこもっているのは考えられない。ただ、立ち上がるための気力が得られず、良くない事だと分かっていながら日々が過ぎ去っていた。


 どうすればいいのか、口にはしながらも分からなかった。


「う~ん、じゃあどうしたい?」


「……俺様もルヴィのために何かしたい」


「だったら立たなきゃね」


 優しく頭を撫でながら、フロレントはひとつ提案をする。


「ねえ、ヤオヒメ。いきなりこんな話をすると驚くかもしれないんだけれど、あなたが嫌でなければ私ともう一度契約を交わしてくれない?」


 なぜ、とは返さなかった。静かにこくんと頷いて紙と筆を取り出す。


「てめえが願うのなら、俺様は従うだけだ」


「ありがとう。ごめんね、このまま放置もできないから」


 ルヴィを酷い目に遭わせた何者かはアドワーズ皇国を崩壊させた黒幕とも言える。さらには帝都の人々を利用してゴグマを復活させた際の魔力源に変えるなど非道な行いも限りない。であれば、倒すべき敵に違いなかった。


「シャクラでも捉えきれない上に、相手の戦力も分からない以上はあなたにも力を貸してほしい。────ルヴィの仇討ち、手伝ってくれるわよね」


 受け取った紙に筆で名前を書く。ヤオヒメは、久しぶりにくすっと笑う。


「……相変わらず字が汚ねえな」


「なっ……! 使い方教えてくれないからでしょう!?」


「今度教えてやる。じゃが、まずは仕事を始めるぞ」


 大きく深呼吸する。いつまでもくよくよ泣いている場合ではない。ルヴィが見届けようとしたものがふいになるのは不本意だ。先に立って矛を掲げる者たちの背中に縋るような真似が、かつて魔王の地位に座した禍津八鬼姫の姿であろうはずがない、と自らを鼓舞して立ち上がった。


「シャクラにばかり任せてはいられねえ。俺様も魔界へ行こう」


「あなたも他の魔族や魔物を探すのは得意なの?」


「ああ。じゃがアイツより時間は掛かる。毛色の違う能力なんじゃ」


 着物の袖の中からごそごそと長方形のやや小さい紙を取り出す。


「俺様が愛用する探知方法があってのう」


 何かしらの模様が赤く描かれた紙がぼうっと燃えると小さな栗鼠(りす)が現れた。「可愛い」とフロレントが触れようとするのをヤオヒメがぺしっと手を叩く。


「痛い、なんでぇ……!」


「勝手に触んな、使い物にならなくなる」


 小さな栗鼠が床に現れた黒い渦の中に飛び込んで消える。ヤオヒメが創った極小の魔界への門は、栗鼠が消えると即座に閉じられた。


「あれは俺様が創った〝魔力を遮断する獣〟でのう。生命でもないゆえ、どれほどの気配感知能力に特化していようが見つからぬ優れものよ。シャクラのように堂々とした探知が難しいのならば、あれが適任じゃろうて」


 小ささゆえに時間が掛かるようにも思えるが、ヤオヒメが創った栗鼠は並の魔族でも捉えきれない速度で走り回れるほどの機敏さを持つ。相手が感知できないのであれば身を隠す術を講じるのは難しい。シャクラが探知をやめれば油断も誘える。ヤオヒメはそれだけ考えて、他にも何匹か用意できたが、あえて一匹だけを送り込んだ。


「臭いに敏感な連中もいるから安心はできねえがのう」


「あ、だから私に触るなって怒ったのね?」


「オウ。魔界じゃまずあり得ねえからすぐ気付かれちまう」


 一緒にいるだけでも多少はある。相手が魔力や気配を感知するのであれば潜り抜けられもするが、臭いに敏感な者なら可能性はゼロではないと警戒を示す。


「魔界は人間界よりずっと小せえから、数時間もありゃ探索も済むじゃろう。上手く行くかは分からんが……俺様もぐずぐず言ってばかりはいられねえ。契約者、てめえのために働かなきゃな。ルヴィもその方が喜ぶ」


 指を軽く振れば部屋のカーテンは開き、散らかったシーツもベッドの上で綺麗に整えられるのをフロレントが便利そうだなあとジッと眺めた。


「なんだ、羨ましいか?」


「ええ、ちょっとだけ」


 宮殿で働いていた侍女たちの苦労が今ではよく分かる。皇都が少しずつ復興へ向けて進み始めた今も、彼女は誰を雇う事もなく掃除や洗濯もこなしていた。だからか一日中働き詰めなのもあって、顔色はあまり良いとは言えない。


「代わってやろう、てめえは休め。書類仕事はエスタが出来るんじゃろう? 俺様も家事はそれなりに得意じゃ。昔はようやったものでな」


「でも、なんだか悪いわ。それなら他に何か私に出来る事は────」


 そっと唇に指が乗せられる。ヤオヒメはクスッと笑った。


「俺様たちの将はてめえじゃ、いざってときに動けねえと困る。何もやる事がねえなら、何もする必要はねえのさ。ゆっくり休みな、それが仕事じゃ」


 さっそく仕事にとりかかろうとクローゼットの中にある侍女の服を手に取り、自分に合うサイズを探しながら、ふと彼女は尋ねた。


「そういやあ皇都はどうじゃ、何か不備はねえか?」


「ええ、何も。あなたのおかげよ」


「そりゃええのう。……では、また後での。礼を言うぞ、フロレント」


 ぽつりと放った最後の言葉はフロレントには届かなかった。だがそれで良かった。嬉しそうに笑みを浮かべて、ヤオヒメは心の再出発を目指す。

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