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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第4話「すごく充実してた」

 周囲を照らす黄金の魔力。本能でしか生きていないはずの魔物たちでさえ、その光景の異質さと神々しさに囚われて動けなくなる。温かく、美しく、力強い。クレール・ディア・アドワーズの魔力が癒して創り出す、ルヴィ・ドラクレアの限界の壁を突き破った最後の魔法だ。


「さ、行こうかしら」


 双翼が大きく羽ばたく。大地を割りながら突っ切ったルヴィの目にも留まらぬ槍捌きは次々と魔物を仕留めて行き、立ちはだかったムームとイバンでさえも、頑強な身をばらばらに引き裂かれた。


 痛みはない。むしろ魔物たちも、ムームとイバンも、その刃に温もりと癒しを覚えた。苦痛どころか心地良さを感じた。救済としての死が彼らを光に変え、輪廻へ還らせていく。


 ついにルヴィは最奥で待ち構えるマンセマットを捉える。これが最後だと槍を構え、そうして全力で一撃を放った。────だが、届かなかった。


「……ちっ、残念」


────もし人間の娘に生まれていたら、美味しいものたっくさん食べて、みんなに愛される、ちょっと生意気な女の子として生きて、血腥い世界とは無縁で、幸せに死んでみたかったな。フロレントと一緒に女の子らしい話をして、たくさんの友達(ペット)と一緒に暮らして、最後は年老いて死んでみたかった。


 些細で、大きな願望。永遠に叶わないのだろう、これは自業自得だ。多くの命を奪って生きて来た魔族としてのルヴィ・ドラクレアが迎えるに相応しい最期だ。そう受け入れて、僅かに届かなかった槍を握り締めた。


「おお……! なんと美しい魔力だ、これほどのモノは見た事がない。今のはどうやって創られたんだ? まるで選ばれた(・・・・)人間が持つ魔力(・・・・・・・)そのものじゃないか! それも魔族の魔力と複合したのか、実に素晴らしい!」


 興奮が抑えきれず、槍を構えたままの姿勢で動かなくなったルヴィの周りをぐるぐるまわって観察しながら、彼は魔核の位置を特定しようとジッと見つめる。


「人間と魔族、そのどちらの性質をも持つ魔力などかつてないほど興味が湧いた。君の魔核を再現すれば、今の現象がどうやって起きたかを確かめられるかもしれないな。もう自分を毒で蕩かす事も出来ないんだろう? 最後の賭けに出てくれて助かったよ、君の壊れかけの魔核でも型さえ取れれば用済みだ」


 ルヴィの体に触れようとした瞬間、腕がずるりと落ちた。何かに切り落とされたかのように。同時にゴグマの複製品が彼を抱き、大きく後退する。


「ムムッ!? なぜ私の腕が落ちた……?」


 不可解な現象。ハッとルヴィの方へ視線を向けた瞬間、全身を凍てつかせる絶大な魔力を感じる。────九本の尾が深い青色に染まって燃えていた。


「俺様のダチに触るんじゃねえ。さっさと失せろ、今だけは見逃してやる」


「……これはこれは。帝都での働きは見ていたよ」


 ずるりと腕が新たに生えて、マンセマットは服の埃を払う。


「まさかこの短時間で彼女の窮地に気が付いたのかね?」


「囀るな。二度は言わんぞ、失せろ」


 ゴグマの複製品もルヴィによってそれなりの痛手を受けている。今は刺激しない方が得策だろうと判断して、仕方なくルヴィの魔核を諦めたマンセマットは落とした杖を拾い上げ、地面をこつんと叩く。


 黒い渦が広がり、ゆっくり体が沈み始めた。


「潮時だね。そのうちまた会おう」


 完全に彼らの気配が消え失せてから、ヤオヒメは臨戦態勢を解く。


「ルヴィ、まだ死んでおらんよな!?」


 ばっと振り返って、ぐらりと倒れそうになる体を抱きとめて支える。座り込み、傷の具合を確かめて膝に彼女の頭を乗せて寝かせ、自分の魔力がたっぷり満たされた尾を彼女に与えようと伸ばすが────。


「……駄目よ、ヒメちゃん。もう限界なの」


 体がやんわり光に包まれていく。


「アタシ、頑張ったと思わない? 魔物を千匹も狩り尽くしてさ。ボロボロだったのに、ムームとイバンだって救ってあげられた。こんなに充実した気分、久しぶりかもしれない。やるだけやりきった~!……って感じ」


 ごほっ、と咳き込んで血を吐く。苦しくはなかった。


「何もかも失って、何もかも手に入れて……。こんな短い時間だったけど、すごく充実してた。シャクラに鍛えられて、フロレントの言葉でアタシは、きっと、この身は魔族だったかもしれないけど、人間になれた気がするんだ」


 ぽたぽたと頬に落ちる温かな雫を受け止めながら、ルヴィは手を伸ばしてヤオヒメの頬を優しく撫でた。


「アタシ、こんなに幸せでいいのかなあ」


「構わんじゃろう。こうまでなって、神も文句は言うまいて」


「ふふっ。そっか、そっか。アタシ、幸せでいいんだ」


 ぱたっ、と手が力を失って地に伏せた。緩やかに煌々と光に包まれた体は、やがて弾けて空に消えていく。まだ膝に残る温もりだけがルヴィの存在を示す。


「……違う」


 空っぽになった両の手が震える。振り絞った声が嘆く。


「違うじゃろう、約束が」


 ぼろぼろと涙がこぼれるのが堪えられない。僅かに残った痕跡でさえ、彼女と別れを告げるように失われていった。


「一緒に見届けると約束したじゃろうが。何もこんな形で俺様を裏切ってくれなくてもよいではないか。なあ……そう思わんか、御前様よ……」

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