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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第3話「栄光と共に」

 圧倒的な物量。今の疲弊したルヴィには荷が重い数。しかし戦う他に道はない。生還など絶望的だ。群れを成して襲ってくる魔物たちも、個々が魔族に近い個体ばかりで数による暴力が際限ない。


「やってやるわよ……これくらい……!」


 魔力はまだ底を突いていない。再生は半端だが戦える。槍を握り直して、ふらつく足で地を踏み抜く。戦意を宿した瞳が熱を帯びた。


「ほお。驚いたな、あの体でまだ動くのかね」


 襲い掛かる魔物の一体ずつを確実に仕留めていく。腕を食い千切られ、足を飛ばされ、鋭い獣の爪が頭蓋を部分的に砕いたとしても即座に再生する。毒を浴びせれば蕩かして殺し、槍を振るえば剣のように切り裂き、突けば衝撃だけで大きな風穴を開けた。鬼神の如き戦いぶりだった。


「よくやるものだ。しかし哀れなものだな、死に損なって最後まで踊る方が良いとは。それでも敬意は払うべきか。……ムーム、トドメは君が刺せ」


 しばらく眺めて、マンセマットがトップハットの位置を整えた。


「手に入らぬものに興味は持てん。奴には相応しい最期になる」


 未だ戦いは続いている。魔物の数は半数へ迫った。片目は潰れて閉じたまま。片腕は千切れ、脇腹は引き裂かれて血を滝のように流している。再生に回す魔力はない。空を飛ぶための翼もズタズタにされ、根本を残すだけ。


────ああ、分かってる。アタシはここで死ぬ。


 指先の感覚がない。きちんと槍を握り締めているのが視覚的に確認できるだけで、もし手からするりと抜け落ちでもしたら、それが最後だ。


 でも悔いはない。魔族だもの、戦って負ければ喰われて終わり。自分だってそうやってきたんだから、いつ死んだとしても当然の報い。奪う者と奪われる者。捕食する側とされる側。それが魔界で生きる上で最も重要で他には何も要らない。もう、そんな事忘れてた。あの短い期間の出来事ひとつで。


 あと何匹いるかな。周りは死体だらけだ。その中のひとつになるのは腹立たしい。あのムカつく鳥のマスクつけた奴をぎゃふんと言わせてやりたいのに、もうアタシにはそれが出来るだけの余力が残ってない。


 でも、ひとつだけ残念だなって思わなくもないかもね。


「……アタシってこんな弱かったんだ」


 ぽつりと嘆く。戦いの最中、とうとうルヴィは自らの生存を諦めた。


 槍を離した手の中から吐き出されるように蝙蝠が数匹、空を飛ぶ。宙に現れた黒い渦の中へ突っ込んでいったのを見届けて、フッ、と笑う。


「必ず伝えて、アタシの勇姿(死にざま)ってヤツをさ」


 伸ばした腕が食い千切られたのを皮切りに残った魔力で全身を綺麗に再生させる。転がった槍を拾い上げ、腕を引っ掻いて血を流す。


「来いよ、ボケ共。あんたたちだけでも全員仕留めてやるわ。一匹たりとも逃がしてあげない。────《《串刺しの荊ランサ・オブ・エスピナ》》」


 地面から突きだす無数の槍が一斉に魔物たちを仕留めていく。半数からさらに半数まで削り、このままいけば全滅させられると踏んだ。


 だが、限界に達した彼女では理解していても躱せない一撃がある。正面から槍に刺されても深手を負う事なく突進してくるイバンに笑みを浮かべた。


「お嬢、許せ……! この体では自由が利かん……!」


 衝突。躱せず、ただ両手を広げて身に受ける他なかった。直撃の瞬間、ルヴィは優しい声色で、涙をひと筋流しながら────。


「ありがとう」


 吹っ飛んで転がり、もう立ち上がる気力さえない。魔物たちの咆哮が聞こえる。地面を踏みしめて歩んで来る。


────喰われるのか。アタシは、ここで。ああ、辛い。死にたくないなあ。本当は死にたくない。やっと会えたのよ。やっと見つけたのよ。あんなにも綺麗な顔がアタシのためにくしゃくしゃになって泣くのなんて見たくない。


 ムームもイバンも、アタシなんかのせいで死んじゃった。戦いたくもないのに戦わされて、ずっと謝ってる。なのに救ってやる事もできない。このまま死ぬなんて嫌だ。せめて、せめて二人は救いたい。使い魔は送り出したんだから、後の事は任せればいい。だから動け。動け、動け。一分も要らないから!


『ごめん、何もしてあげられなくて』


 声が聞こえて目がぱちっと開く。全身に力が漲った。不思議な感覚。懐かしい温かさ。ルヴィが憧れた、クレールの声。彼女の魔力が体の中から湧く。


「……は、はは。何これ。アタシの中にずっとあったの?」


 一時的なものに過ぎないとは直感している。魔力の質はルヴィも異常だと思うほどだが、量は極めて少ない。しかし、ひとつの願いくらいなら叶いそうだ。槍を弄んで体の感触を確かめ、ニッと笑う。


「ムーム、イバン! 覚悟は出来てるわね!?」


 返事はない。だが分かる。長年に亘って未だなおルヴィを慕う本音が聞けたから、彼女はそれで良かったのだ。ムームとイバンも同じ気持ちであった。


「ぶっちぎりで最後まで駆けてやる。あんたの子孫に捧げてあげるわ、クレール。アタシを認めてくれたアイツのために、この身の全てを」


 槍を両手にまっすぐ構える。黄金の魔力が身を纏った。


「見せてあげる、アタシの新技。────《我が王に(グローリー)捧げる(・オブ)栄光と共に(・フロレント)》」

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