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第2話「孤軍奮闘」

 爪で腕を引っ掻いて血を流し、魔力を纏わせた槍に滴らせる。ぐるりと大きく舞わして、地面を突き刺すと周囲に黒い渦が広がっていく。


「全開で行くわ。魔境結界────《鮮血の揺り籠クレイドル・ドラクレア》」


 広がるのは無尽蔵とも呼べるルヴィの魔力によって増幅した血液だ。まっすぐ空似柱を伸ばし、天辺から周辺を鳥籠のように覆っていく。


「……これは帝都でも見なかったな」


「ハッ、〝見せなかった〟の間違いよ」


 中指を立てて勝気に笑む。


「アタシの結界に触れれば即座に骨だけ。脱出する手段は単純明快、あんたたちが勝てばいい。ま、そう上手くはいかないけどね。この結界の中で自由に動けるのはアタシだけなんだから」


 足下に広がっている彼女の血に触れる事さえ許されない。足場もなく魔力を纏い続けなければ、瞬く間に呑み込まれていく事になる。そのときは骨さえも残らない強力な毒の沼。マンセマットがくくっと笑い声を漏らす。


「フム、なるほど。これは戦い慣れていなければ、ほんの些細な油断だけで敗北する類のものだな。たしかに最強の魔族として数えられるだけはある。────だが、これだけでは君が我々に敵う要因はない」


 杖でルヴィを指して、傍にいる複製体(レプリカ)に命令を下す。


「ゴグマ、君の力を見せてくれたまえ。私の期待通りに」


 見知ったゴグマとは、やや異なった。使う能力も同じではあるし魔力の扱いもよく出来ているが、何かが劣っている。全体的に見て本物よりも速度は些か鈍間で策を弄するような戦い方もしない直接的なものだ。


「はっ、さすが紛い物じゃあこれが限界ってわけ」


 いくら暴力的に捻じ伏せようとしてもルヴィには通用しない。本物であれば死を覚悟する相手でも、所詮偽者ではこの程度でしかないのだろう、と彼女は槍でさばき、鮮やかな切り口で腕を落とす。


 血の中に落ちた腕が瞬く間に蕩けて消えた。


「マンセマットとか言ったっけ? あんた、複製品を自慢するわりには大したもん作れないのね。これでアタシを倒そうとか思ったわけだ?」


 本気のルヴィを前に、想定以上の強さを見出したマンセマットは手を叩いて喜んだ。複製品が欲しいとさえ思うほどに感動した。


「素晴らしい。ゴグマ・ファリの魔核から型を取らせてもらった時に並んで力を感じる……。彼と契約したおかげで君の強さをよく知る事が出来た」


 杖を握り締め、ふう、とひと呼吸を置く。


「だが、まだ贈り物は全てではないぞ。受け取ってくれたまえ」


 気配が二つ近付く。ゴグマよりも厄介だと思ったのは、二つの気配がよく知る者たちであった事。鹿の獣人であるムームは俊敏で、太く逞しい脚部から放たれる蹴りはルヴィと言えども一撃受ければ魔力を纏った槍で受けようと、胸当ての上から肉体が千切れ飛ぶ威力がある。


 一方、猪の獣人イバンは速さに欠けるが、破壊力は当然の事、防御面に関しては特に秀でた耐久を誇った。生半可な刃では皮膚に傷すら付けられない。ルヴィが連れ歩くには十分な強さを持った二体が差し迫った。


「くっ……! この、ふざけた真似をしてくれるわね!」


 三体を同時に相手取り、次々に躱して、受け流して、反撃に転じる。しかし限界がある。ゴグマの放った小さなボールの爆弾をばらばらに引き裂いて誘爆させながら、いったん距離を取ろうと爆炎の中を突っ切り、吹き飛ばされた腕を再生させて空を駆けて、どう仕留めようかと思案した────直後だった。


「紛い物とはいっても流石に三体同時はキツいか……!」


 やはり本体を叩くべきか。そう考えて一度だけ視線をマンセマットに向けたのは、彼女の状況の悪さを物語った。だからこその隙。ほんの瞬きの時間。爆炎の中をものともせず、両腕が千切れ飛んでいても構わず、跳ねたムームの被った鹿の頭骨から伸びた歪な角がルヴィの脇腹に突き刺さった。


「がッ……!? この、偽者風情が……!」


 腹から流れた血に魔力を流して殺そうとしたとき、聞こえてしまった。頭骨の中を小さく響く『許してくれ』と何度も呟く震える声が。気が付くのが遅かった。頭骨を被っているせいで分からなかった。


 ユピトラのときと同じだ。ゴグマを先に見せられていたせいで先入観に囚われた。彼女たちも複製体であると勘違いを招いて思考が凍り付く。


「ああ、言っていなかったが彼女たちは紛い物ではない。私がシャクガンたちと共に作り替えた死体(ゾンビ)だ。当然、意識も残してあるとも」


 殺せなかった。ルヴィは自身の血でムームを殺してしまわないように魔力を流して毒を消失させ、そのまま大地へ真っ逆さまに落ちていく。広がった結界さえ消してしまい、勢いを殺せずに叩きつけられた。


「ど……どけっての、ムーム! この馬鹿!」


 角を掴んで引き抜き、痛みに耐えながらムームを持ち上げて放り投げる。ふらふらと立ち上がり、すぐに傷を再生させようと試みるも、ゴグマの能力によって意識が僅かに霞んでいたからか注意が散漫になっていた。


 脇からイバンによって強烈な体当たりを受けて吹き飛ばされ、地面を抉りながら転がり、その都度必死に肉体を再生させる。しかし止まる間さえ与えられる事なくゴグマの追撃のボール爆弾を受けて宙にフッ飛ばされ、ムームの鋭い蹴りを決死の覚悟で受け流すも衝撃だけでまたしても地面に叩きつけられた。


「……あぁ、キツい……」


 再生が緩やかになっていく。割くべき魔力が足りない。槍を支えに立ち上がるほど足には感覚がない。視界も霞み、マンセマットがゴグマたちを引き連れて傍までやってくるのを眺めるしかできなかった。


 肩で息をする。こんな経験は久しぶりだと乾いた笑いが出た。


「君の戦い方はムームとイバンがよく知っている。最初から君に勝ち目などなかったのだよ、レディ・ドラクレア。さ、君の魔核は体のどこに隠してある? 型を取らせてくれるのなら、せめて苦しませずに死なせてあげよう」


 腹立たしさにルヴィは口の中に溜まった血をペッと足下に吐き捨てて、マンセマットを鋭く睨みつける。


「ふざけんな。アタシの魔核が欲しけりゃ力ずくで奪い取れば。ま、その前に自分の毒で蕩かせばいいだけの話。くれてやるつもりなんてないけどね」


 杖の石突でとんとん地面を叩きながら彼はがっくり項垂れた。


「……なるほど、回収は出来ないか。自らの毒で果てるというのなら私の死霊術で操るのも無理そうだ。残念だが仕方あるまい」


 荒野に巨大な魔法陣が広がり、強烈に輝く。この瞬間を待っていたかのように無数の魔物たちが這って現われた。


「────嘘でしょ」


 現れた魔物たちの継ぎ接ぎに気付いて絶句する。召喚魔法陣によって呼び出された魔物の全てが、マンセマットの実験道具。本能で生きるだけの彼らの魂を肉体に無理やり繋ぎ止めて支配した。


「そうだな。君のいなかった千年をなぞって、千体の魔物で君を嬲り殺しにしよう。再生すればするほど苦痛が長引くように。いくら毒で殺そうとも構わない。所詮は私の実験道具(失敗作)に過ぎないんだ、処分の手間が省けて助かる。まあ、そこまでズタボロになった君の魔力が最後まで()てばの話だがね」

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