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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第二部

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第1話「邪悪なる襲撃者」

 どこまでも続く荒野の中に、ぽつんと大きな城がある。蔓の纏わりつく石造りの壁はところどころ罅割れて古ぼけた雰囲気が漂った。


 入口の背の高い狭い扉の門は砕けて開きっぱなしで、無理やり板を釘で打ち付けて補修してある。それも随分前なのか、雨風に晒されて腐ってぼろぼろだ。


「……アタシのいない間に管理を随分さぼってたみたいねえ」


 腹立たしさもありつつ、懐かしさもありつつ。ルビーレッドのツインテールを両手でふわっと軽く梳き、笑顔ながらも仄かな怒りを宿して扉を蹴破った。


「ムーム! イバン! ご主人様が帰って来たわよ!」


 返事はない。すうっと風が通り抜けるだけで、気配すら感じなかった。無人になってしばらくが経っていそうなほど清掃も出来ていない。壁の隅には蜘蛛の巣が張ってあるし、額や壺などの飾りは埃だらけだった。


 ルヴィの留守を預かるはずの二体の魔族。ムームとイバンは獣人種の実力者であり、千年前にはまだ新参ではあったが、既に他の魔族とは一線を画すだけの強さを持っていた。もしかすると新しい拠点に移ったのかもしれない。


 そう思うと少しだけがっかりする。むざむざ人間界で敗北して封印され、千年も不在だったのだ。見限られてもおかしくない、と。


「ちぇっ、つまんないの! せっかく久しぶりに会えると────」


 ぽん、と両肩に手が置かれた。


「初めまして、お嬢さん。ここは君の城だったんだね」


 ぞくっとした。まったく気配も感じず、触れられるまで気付かなかった。物音ひとつ立てていない。咄嗟に振り払い、蝙蝠を握り潰して槍を手にする。


「……あんた、誰? アタシの縄張りによくも勝手に入ったわね」


 黒いトップハット。鳥の頭骨のようなマスクをつけた何者かが、レザーのロングコートコートの裾をふわっと揺らしてブーツのかかとをコツンと鳴らす。


「マンセマット。私の名だよ、お嬢さん」


 手に持った杖には山羊の頭骨が(かたど)ってある。ルヴィは鼻を鳴らして「趣味悪ぅ」と小馬鹿にしながら槍を構えた。


「あんたの名前なんて興味ないけど、アタシの領域に勝手に踏み入った罰は受けてもらうわ。覚悟しておきなさい、命乞いしても許してあげないから」


 近距離戦でのルヴィは素早く、シャクラほどではないにしろ捉えるのは難しい。多くの魔族が彼女の見た目から『小さな吸血鬼の娘』と侮って、無惨な敗北と共に命を落としたかは数えればキリがない。


 ましてや陽の光ですら死なず、血液はあらゆるものを蕩かす猛毒だ。不死に最も近いと言われている種族でありながら特異的な体質を持つ彼女に殺せない相手は指折りの魔族、エスタを中心とした数体だけだった。


 槍が容赦なくマスクの丸い眼球部分を狙って突きだされたが、触れるかどうかの距離でルヴィは真横の壁を突き抜けて突進してきた何かにフッ飛ばされ、壁をぶち抜いて城の外へ放り出された。


「ちっ……! やっぱ仲間がいるわよねぇ、アタシが相手だもの」


 身軽に宙で体勢を整えて着地する。双翼が大きく羽ばたいた。


「ルヴィ・ドラクレア、千年前の魔族がいかに強力であるかは帝都の実験でよく知っている。ゴグマたちを通じて全て見学させてもらっていた」


「……! ゴグマと繋がってたって事はあんたが黒幕……!」


 杖を持ったまま手を叩き、彼はコクコクと頷いて言った。


「シャクガンとセイガンを失ったのは残念だ。あの二体は私に忠実な下僕でね。私の言った通りにしてくれる残虐さが素晴らしかった。あのオーガの娘を殺す時も、出来る限りの痛みを与えてから死体にするのを手伝ってくれたんだよ」


 胸の中に渦巻く怒りの感情にルヴィの顔が険しくなった。


「あんたたちがユピトラを……」


 握り締めた槍が折れそうなほど力がこもる。


「あいつがどれだけシャクラに心酔してたか知ってる。どれだけ気高かったかも。────あんた、生きて帰れると思わない事ね」


 全身を衝く殺意。マンセマットはくすくす笑う。


「いやはや、これは失言だったかな。てっきり喜んでもらえると思っていたのだがね。……ほら、君のために用意した玩具(オモチャ)もあるんだよ」


 穴の開いた壁から現れた敵にゾッとする。白塗りの顔。巨大な体躯。派手で鮮やかな道化の姿に息を呑んだ。紛れもなく、それはゴグマだった。


「なんでソイツがいんのよ……!?」


 道化は喋らない。まるで指示を待つ兵隊のようにジッとしたまま。


「これは本体ではなく複製体(レプリカ)だ。残念ながら、君の考えている通り本物のゴグマ・ファリは既に死んでいる。彼との契約で得た魔核の型を使って私がいくらか再現したに過ぎない。まあ、それでも強さは本体にやや劣る程度だ、そう弱くもないがね」


 彼がぱんっと大きく手を叩いて「まだあるよ」と告げる。城の中から、また二体の魔族が姿を現した。大きな獣の頭骨を被った二体の気配に、ルヴィは顔を青くする。顔が見えずとも分かるのだ。彼らは自分の仲間である、と。


「ムーム、イバン。ご主人様が帰ってきたよ、挨拶をしないと」


 鹿の獣人、ムームが細長い指をぱきぱき鳴らす。その横に立つ猪の獣人であるイバンも地面を拳で軽く叩いて、どちらも戦闘態勢ができあがっていた。


「ああ、そうなのね。アタシの可愛いムームも、頼り甲斐のあるイバンも、あんたが殺したってわけだ。大事な大事な、アタシの友達(ペット)を……」


 即座に殺す。もはや言葉を交わすだけ時間の無駄だ。話すだけの理性もない獣が創った玩具の実験に付き合うつもりはなく、槍を持って地を駆けた。


「────鈍い判断力だな、吸血鬼」


 ハッとする。ムームとイバンに気を取られている間に、ゴグマの姿がなくなっていた。いつの間にかすぐ傍に迫り、嫌味な笑みを浮かべている。


 向けられた手のひらにまぶたがあり、ぱちっと目を見開く。歪な赤黒い輝きを放つ瞳に()てられて咄嗟に後退したが、既に頭の中にふわりとした奇妙な感覚が漂い、集中力が欠けているのが理解できる。


(くっ……《狂気の炯眼(パニック・アイズ)》までしっかり使えるのね。複製体だなんて大層な事言ってると思ったけど、これはキツいわ……!)


 視界が僅かに霞む。ただでさえマンセマットだけでも強いと分かるのに、ゴグマやムームたちまで相手にしなくてはならない。おそらくは逃げるのも不可能だろうと彼女はしっかり地に足をつけて、深呼吸をひとつ。


「最悪の状況だけど……ま、やるだけやるしかないわね」

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