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第5話「最大戦力で」





「エスタ、起きて。エスタってば」


 ベッドの中から出てこようとしない。いくら引っ張っても、腕力に差があり過ぎてフロレントではまったく剥がせなかった。


「……くっ、この……! 契約者の命令が聞けないの!?」


「良いではないか、まだ日が昇ったばかりだろう」


 もそ、と顔を僅かに覗かせたエスタは、ひどく眠たい顔をしている。朝は苦手で、時間に縛られるような生き方をしてこなかったので起こされると辛かった。


「あのね。日が昇ったから起きないといけないのよ。朝はそういうものなの。……誰も私たちのために服を用意してはくれないし、食事だって摂らないと」


 二人はアドワーズ皇国の宮殿にいた。血腥い争乱の爪痕は酷いもので、歩けば目に入る全ての死者がフロレントの大切な人々だった。


 家族だけではない。従者たちも、茶会に訪れていた貴婦人や令嬢も、誰もが例外なく殺された。絶望と悲しみが渦巻く血塗られた世界を彼女は歩く。涙が零れそうになっても気丈に耐えて。


「やれやれ……。そなたは強いな、あれを目の当たりにしても正気を保てるとは。少なくとも私が見てきた人間は皆が壊れていたというのに」


 髪を梳いてから縛り直すフロレントは、鏡越しにエスタを見る。


「泣く事ならいつでもできるわ。でもそれは今じゃない」


「ハハッ、クレールに似て気の強い娘だ。では私も応えねば」


 ベッドから降りてクローゼットにある着られそうなシャツとスカートを手に取ってから、うーんと眺めて渋い表情を示す。


「どうしたの、エスタ。服が気に入らない?」


「ここにあるのは誰の服なのだ。そなたのものか?」


「ええ。少し小さいかもしれないけど」


「いや、うん。まあ、確かに胸のあたりが────」


「なんですって? よく聞こえなかったわ」


「……全体的に小さいかもしれないな」


 クレールの血筋だなと純粋に思いながら、いささか怖く見えた。それがたとえひとたび剣を振るえば壊れるのだとしても。


「あなたは私と違って体格もいいし背も少しだけ高いから、似通った体型の侍女から服をもらいましょう。皇女宮で過ごすメイドに近い子がいたはずだわ」


 気高さ溢れる立ち姿にかつての好敵手が重なった。


「フ……契約者に相応しい表情(かお)だ。よし、ではさっそく拝借させて頂くとしよう。私に掛かればどんな服でも似合うに決まっている!」


 自信ありすぎではとフロレントは苦笑いを浮かべたが、よくよく見ればエスタはとてもよく整った凛々しい顔立ちをしている。魔族の間ではどうなのかは分からなかったが、少なくとも彼女が人間であれば引く手あまたの見目だろう、と彼女は改めてじっくり見つめた。


「……おい、何をじろじろと見ている?」


「あ。ごめん、綺麗だったものだから」


「うむ、もっと褒めよ。契約者の言葉は純粋で良い」


「いやよ。褒め言葉はそんなに気軽に吐くものじゃないわ」


「まったくケチだな。ま、それも良いが」


 新しく服を調達しに向かう。少し前までは専属として働いてくれていたメイドのクローゼットには制服の替えばかりが並んでいたが、こっそり箱にしまったままの高い服を見つける。いつだったか、遠出の際には一緒におしゃれをしようと約束して贈ったクリームの穏やかな色合いをした服。


(結局、着ているところを見られなかったわね……)


 どれだけ仲が良くて、どれだけの時間を共に過ごしても、旅行ひとつ叶わなかった。思わず服を抱きしめてしまうほど悔しかった。


「良い服だな。私はそれがいい、契約者」


「……そうね。せっかくだからあなたが着てみて」


「うむ。しばし待て。……どうだね、似合っていると思うか」


「ええ。似合い過ぎなくらいよ。動きやすいでしょう」


 ほんの少しだけエスタのやや尖った耳の先が赤くなった。


「うむ、悪くない。そなたら人間は、なんだったか、おしゃれ? と言うのが好きなのだろう。私は人間に近い姿だから、なんとなく理解できるぞ」


 自慢げにふんすと鼻を鳴らす。異常な怪力と角さえなければ本当にただの人間のように見える。感情もあって、同じ言葉を話し、意思疎通ができるのだから。


「人間に近い姿……って、魔族は皆があなたみたいな姿をしているわけじゃないのね。本来はもっと怪物みたいな姿をしているのとか?」


「うむ。多少の例外はあるが、人間に近い形の者ほどひたすら強い」


 姿見に映った自分を見ながらエスタは語った。


「人間の姿は何をするにも合理的で便利だ。いつの世も我らは人間と争ったし種としては憎んだり嫌ったものだが、形として外見は好みですらあった。ゆえ我々魔族は長い歴史を経て、強き者ほど人間の形に近くなるよう進化した」


 パッと手を広げてフロレントにかざす。


「────五人。私を含め人間に最も近い形を取りながら、大魔導師クレールに敗れ封印された最強の魔族たちがいる」


 横目に真剣な眼差しで、鋭い冷たさを持った瞳が契約者へ向けて切実さと誠意と期待を投げるようにして透き通った声を放った。


「我が契約者よ。残りの封印を全て解き、最大の戦力を以て帝国を討ち堕とそうぞ。そなたであれば、すぐとはいかずとも服従する事に納得もしよう。魔界の王さえ目指せるやもしれぬぞ。私と契約したのだ、十分に資格はある」

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