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第47話「帰りましょう」

 命令、と言われても何も思い浮かばなかった。


 本来の目的は帝国を討ち落とす事。だが、それは自らの手ではなく見ず知らずの魔族たちの手によって終焉を迎えた。最初から敵だったかどうかさえ怪しい事が分かり、いまさら何を目的にすればいいのかとさえ考えた。


 欲しいのは領土ではない。名誉でもなければ地位でもない。ただ平和であればそれで良かった。皆で笑い合える明日さえ来てくれれば。


「何もないわ。皆に命令する事なんて。強いて言うなら自由になって」


 彼女の言葉を引き金に、シャクラやヤオヒメ、ルヴィの胸に小さな光が灯り、ふわっと空へ昇ってパンッと小さく炸裂するとそれぞれが交わした契約書になった。ゆるやかに空を舞って、角からポッと火がついて、あっという間に燃える。契約の履行を示されて三人は少しぽかんと拍子抜けた。


「……なんじゃあ、思っておった以上に欲がねえのう。俺様たちとの契約が済んじまったって事は、もうてめえの命を守るもんは何もないというのに」


 ヤオヒメがわざとらしく九本の尾を燃え盛らせたが、出会ったときのように臆する事もなければ、警戒も抱かずに彼女はふふっと優しく微笑んでみせた。


「そのときはエスタが守ってくれるって信じてるから」


 唯一、契約書を交わさず傍にいるエスタに対抗意識を燃やしてか、ルヴィがニヤニヤしながらずいっと前に出て、自分を指差す。


「あら、だったらアタシも手ぇ貸してあげよっか」


 ふふんと鼻を鳴らして、エスタにじろっと睨まれた。


「私の契約者だぞ、距離を保て」


「独り占めする気? こんなに良い子を?」


「以前は認めぬと言っていたくせに」


「人間もアタシたちも考え方くらい変わるっての」


 二人のやり取りを下らないと一蹴してシャクラが話を進める。


「小娘。契約が終わったなら好き勝手に行動させてもらうが……本当に仕事のひとつもないのか? せっかくなら最後に付き合ってやるが」


「うーん……。もう、これだけの戦いの後だから何ともね」


 何を頼めばいいかさえ分からなくなっていた。多く倒れる魔物たちも、シャクラが一匹残らず焼き払ったおかげで片付ける必要もない。帝国も肝心要と言える帝都が陥落しているのだ、小さな町や村で未だ生きているであろう人々が復興を望めば、別にそれも構わないと思うほど興味も失った。


「じゃったら、俺様からも提案があるんじゃが」


「うん? どんな提案かしら?」


「他の国に終戦を伝えに行く。てめえが行くより早いじゃろ」


 魔族を率いて帝国へ侵攻する事はシャクラが尽力してくれたおかげで伝わっている。今もルバルスを始めとして多くの国々が帝国の脅威に怯えたままだ。実情をありのまま伝えれば、少なくともしばらくの間は平穏がもたらされる。各国が同盟を結んでいる今だからこそ、魔族が現れたからこそ、以前よりも強い結束を得られる可能性も十分にあった。


「そうね……。じゃあ、最後にお願いしようかしら」


「なら、その仕事は俺とヤオヒメだけで十分だな」


 二人の本気の速さは群を抜いている。最も遅いルヴィが一か所へ顔を出す間に全て回り切れてしまうのなら、わざわざ人数を割く理由はなかった。


「えーっ。アタシなんにも仕事ないの?」


「そうなるわね。しばらくゆっくりできそうよ」


「うーん、そうねえ。あ、それなら!」


 名案が思い浮かんで、ぽんと手を叩く。


「魔界にアタシの子飼いみたいなのがいるのよ。元々人間界に興味のない奴らだったから、不在の間にアタシの城の管理を任せてあるんだけど……こっちに連れてきてもいいかな、あんたを紹介してあげたいの」


 人間と魔族は相容れないとは過去の時代にあった話だ。フロレントならば、双方の世界を繋ぐ架け橋になれるかもしれないとルヴィは期待を寄せる。いがみ合うのではなく共存の道があってもいいんじゃないか、と。


 当然、彼女の提案をフロレントは魅力的に感じて受け入れた。


「是非連れてきてほしいわ。あなたの友達ならきっと素敵な方なんでしょう?……あー、ちょっと気性は荒いタイプかもしれないって思うけど」


「アハハハハ! 間違いないわね! でもアタシがいるから平気!」


 喧嘩っ早いと言われれば否定できない。だが、ルヴィに逆らってまで暴れるほど愚かでもない。荒っぽい性格でも理性にはきちんと従って生きている。主従関係がはっきりしている以上、手出しはさせないと確信があった。


「じゃあ、アタシはさっそく迎えに行ってこようかな。千年ぶりに魔界の空気も吸いたくなっちゃったし。ちょっと時間は掛かるけど期待しててよね!」


 魔力を取り戻したエスタたちは自分ひとりが通る分には簡単に魔界への扉を開く事ができる。飛んできた蝙蝠一匹を握り潰すと、飛び散った血が形を変えて頑丈そうで無骨な石の門を作り上げた。


 渦巻く紅い輝きに手を触れながら「数日は掛かると思うけど」とフロレントにウィンクをして、またねと手を振って紅い輝きの中へ飛び込んだ。


 彼女が潜った後、門はすぐに輝きを失って崩れて消える。


「行っちゃった。また会えるのになんだか寂しいわ」


「うむ、そういうものか。だが数日だ、我々が休むには丁度良い」


「そうね。後はシャクラたちに任せて私たちは帰りましょうか」

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