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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第一部

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第45話「一流の仕留め方」



 エスタたちの戦いの一方で、ルヴィは帝都を飛びまわりながら、襲い掛かって来る魔族の大きな肉切り包丁を細長い槍で軽々しく受け流す。


「もー、フロレントに良いとこ見せたいのに結界とか聞いてないんだけど。あんたくらい強いならちょっとは見せ場も作れそうなのになあ!」


 獲物に狙いを定めたかの如くずっと追い回して来るので、地に足をつけて仕方なく正面から受け止める。本気を出すのはフロレントたちが戻ってきてからでいいだろう、と魔物たちは全てシャクラに押し付けて。


「にしてもあんた、どっかで見た事あるのよねぇ?」


 相手はまったく話そうともしない。ただ、聞こえていないわけでもなく、声を掛けられると動きを止める事は度々あった。溢れる敵意だけが常に睨みつけた。


「その褐色肌。大きな肉切り包丁。遠慮のない豪快さとか、不意打ちも平気でするところとか。しかも接近戦までこなせて、なおかつ俊敏なところも」


 ルヴィは一歩も動かず、四方八方の攻めを凌ぎながら思い出そうと記憶を探る。能力はまったく異なれど、その戦い方には強い見覚えがあった。


「……ああ、そうだ。あんたってもしかしてユピトラ?」


 刃がぴたりと止まった。額に触れるか触れないかの距離。カタカタと手が震えているのが分かり、やっぱり正解だったと嬉しくなった。


「久しぶりじゃない、元気そうね。オーガの女は特徴的な褐色肌を持ってるから、絶対そうだと思ったのよ。シャクラにべたべたくっついてたのに、それがなんでこっちに物騒なもん構えて襲い掛かって来てるわけ?」


 返事はなく、また闇雲に襲う。だが、ルヴィには通用しない。背後に回り込んだ瞬間、振り向きもせずに突きだされた槍を間一髪躱したが、触れただけで頭骨がバラバラに砕け散って素顔が露わになる。


「……ん?」


 異変は目の前。虚ろな瞳。何かに怯えるような表情。それだけならば大して気にも留めなかった。ルヴィの知るユピトラは腕の立つ魔族ではあったが、かといって強いかと問われれば『片手間に殺せる』と答えられる。


 問題は首にあった。思わず目を細めて不快感を覚える程だ。まるで一度切り離して、もう一度繋いだかのような縫い目(・・・)。オーガには高い治癒能力はあってもヤオヒメやルヴィの持つ再生能力とは違う。一度千切れた手足を縫いつけたからといって治るものではない。


(明らかに誰かの手が加わっている。それもゴグマみたいに死体を使って────ああ、そうか。この子、殺されたんだ。この千年の間に、誰かが殺して自分の死体(ゾンビ)に作り替えた。また死ぬのを、この子は怖れてるのね)


 声を上げる事も許されず、ただ道具として扱われる。もし余計な事を話せばまた首が落ちて命を落とす。魂を繋ぎ止める(からだ)が壊れて、二度目の死を体験させる。そしてまた死霊術によって封じ込められる無限の苦しみに心を蝕まれ、支配を受け入れるしかなくなっていく。


 オーガは人間に近い種族だ。闘争本能は強いが、理性をもって生きている。何度も味わう事になる死の苦しみを重ねられてユピトラは既に何者かの手中に落ちていて、否応なく戦う事を余儀なくされた。


「あんた、どうせ大事な事は何も話せないんでしょ? だったら別に話さなくても良いわ。望んでも意味ないし。だからひとつだけ答えられるなら答えてくれたらいい。────あんた、今度こそ死にたい?」


 死霊術で蘇った場合、およそ痛覚と呼ばれるものは失われている。苦しむのは術者によって縛られた行動のみ。ゆえに必要以上の会話ができないのは、彼女から存在を辿られるのが困るからだ。


 であれば、わざわざ問うまでもない。いずれ見つけて始末すればいい。囚われた魂を救うたったひとつの方法に、ユピトラは大粒の涙をこぼす。


「死にたい……死にたいです、もう戦いたくない……!」


 心からの叫びに、うんうんと頷いた。


「そうよね。憧れ、愛して、全てを捧げてもいいと誓った相手にそんな物騒なものを振り回すなんて、死んでも嫌よね。アタシには分かってあげられる。アタシだけは寄り添ってあげられる。ま、経験はないんだけど」


 槍を地面に突き立てて置き、尖った爪で自らの手首を切り裂く。どろりと溢れた血が指先へ垂れていった。


「おいで、アタシが一流の仕留め方ってのを見せてあげるから」


 知っている。シャクラが彼女を無下に扱わなかった事を。オーガの中でも特に秀でた強さを持ったユピトラは、シャクラがルヴィと同様に『自分を超える逸材の可能性』と捉えて育てていた魔族だ。


 そして彼女もまた超えたいと願った。シャクラという圧倒的な存在に憧れを抱き、敬愛し、その手で殺すだけの強さを持つまでは絶対の忠誠を誓った。それが無惨な形で叶わぬ願いになった事に、ルヴィはひたすら心を痛めた。


「さようなら、ユピトラ。美しくて強いオーガの娘」


 真正面から距離を取ったユピトラは、ひと息に踏み込んで斬りかかっていく。迎え撃つルヴィはやはり移動する事もなく自身の魔力をたっぷりと血に込めて、指先で肉切り包丁の刃を指先で受け止めた。


 血は強靭な盾の如く刃を弾き、瞬時に錆びつかせて粉々にする。接触して飛び散り、ユピトラの肌に触れると彼女の体をも瞬時に骨へ変えた。


 最強の毒の浸食をルヴィ自身の魔力を加える事によってさらに加速させ、痛みや苦しみはもちろんの事ではあるが、感情も追いつかず死んだ事さえ分からない。器がなくなれば魂の束縛も失われ、魔族といえども輪廻に還る。


 いつかまた巡り合う事もあるだろうとルヴィは救ってやれる方法が殺す事以外無かった事を申し訳ないと同時に、彼女の魂が解放された事にホッとした。


「……戦いたくない奴まで殺すのは気が引けるわね」

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