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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第一部

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第43話「それがまた良い」

 両手の指の間にゴグマが小さなボールをいくつも挟む。メイクに隠された素顔が、ギリギリと歯を軋ませて苛立ちを露わにした。


「……ぬ、ぐ、ぐゥウゥゥウウウゥ! 人間なんぞに感化された魔族ほど不愉快なものはない! ワタクシにとってのエスタ・グラムとは最強の魔族であり、冷酷で無慈悲でなくてはならない! ああ、我が魔王! 今目覚めさせてやりましょう、もし不可能なれば────その命を刈り取るまで!」


 放られたボールが地面や壁を跳ねて、ひとつ残らずエスタを正確に狙う。彼女は軌道を読み切り、最小限の動きだけで全てを躱して歩きだす。


「過去の私は理解できなかった。守る意味も、戦う理由も、その折れぬ意志さえ納得できず、なぜ超越者となりながらも人間たちを庇うのかが分からなかった。己の命と引き換えにするほどの価値があったのか? 彼らに未来を託してまで戦う栄華があったのか?────否、どちらでもなかった。今は分かるのだ」


 跳ねたボールが通り過ぎてから、ゴグマが指をくいっと引くように動かすと軌道を変えて再びエスタへ迫った。彼女は振り向きもせず剣のひと振りする。魔力の斬撃がボールに当たり、衝撃で全てが大爆発を引き起こした。


「……やはりあなたは魔王に相応しい」


 爆炎の中からまとわりつく煙をものともせず、無傷のままエスタはなお歩く。ゴグマは危険を察知して後退しながら、嬉しそうな顔をする。


「興味ない。もはや魔王など名乗る事さえ。────私の忠誠は気高きアドワーズのためにある。あの者は最初からこうなる事など分かっていた。だがそれでも愛したのだ、この人間たちの世界を。昏く淀む邪悪もあれば、陽光よりも明るく輝く暖かな人々もいる。彼女は希望を愛した。ゆえに私は敬意を持てた」


 剣を振るう。魔力の斬撃をゴグマは両手を広げて受け止める。手から放出された赤黒い魔力の壁がひび割れながらも耐え切って消滅した。


「貴公と戦うのも嫌いではないぞ、ゴグマ。我が斬撃を受け止められるだけの強さ。手段を問わぬのは好かぬが────貴様(・・)は強い。私が認めよう」


 両の手に剣を強く握り、高く掲げて────。


「だからこその我が領域での決着。貴様が理解できぬのであれば構わぬ。いや、理解してもらう必要もない。魔族であるならば貴様こそが正しいのだから」


 剣を渦巻く強大な魔力。圧だけで地面が砕け、建物が吹き飛ぶ。全身がぴくりともできない、息さえ詰まる最強の魔族が放つ、最強の一撃。


『約束よ。いつかあなたの封印が解かれたら私の血統を探して。たとえば私の想いが描かれていなくても、その子と一緒にいれば必ず訪れる世界があるから』


────そなたの言う通りだった。時が経てば経つほど面影どころか、そなたよりも人間らしく、そなたによく似た温かい心を持ち、今もなお伝わって来る穏やかさが、私を支えてくれる。私を仲間だと言ってくれる。私を待っている。私を大切にしてくれる。だからこそ溢れて来る感情(おもい)がある。喜びと同時に、私の胸を埋め尽くすほどの……。


 ああ、だから寂しくはないのに苦しいのだ。あの者は私に新たな世界への道を示してくれた。そなたの言う通りに。だから────悲しい(・・・)


 そなたに会えぬ事が、会いたいと思う事が、こんなにも辛い。


「────《我が栄冠は誓いと共にオース・デーモンクラウン》」


 魔族特有の赤黒い魔力。どこまでも呑み込まれていきそうな不穏を抱き、振り下ろされた刃と共に放たれた斬撃は周囲を呑み込みながら空間をも揺るがす。


「おお……。クレール、やはりあなたには嫉妬してしまいますねェ……」


 ゴグマが地面に両手を触れると巨大で色彩豊かなテントが構築される。屋根には道化の顔の──自分自身をモチーフにしている──オブジェが乗っかり、ぎらりと両目を光らせた。


「耐えられはしないでしょうが……それがまた良い! 《悪戯好きの砦(クラウン・フォート)》!」


 サーカステントの中央で全霊の魔力を解き放って結界を張る。受けた攻撃をそのまま自らの魔力として吸収するゴグマ最強の盾ではあるが、彼を上回るエスタの魔力を全ては不可能だ。しばらく耐えたが、やがて引き裂かれ、消し飛び、斬撃が届く。防ぐ姿勢すらせず両手を広げて彼は真っ向から受ける。


 直撃した魔力の斬撃は周囲一帯を呑み込み、王冠の形を創って消えた。


「……ハ、アー、ハハ……!」


 爆心地のど真ん中で天を仰ぎながら、けらけら笑って小さく揺れる道化がいる。全身はズタズタで見る影もないほど服もボロボロだが彼は確かに生きていた。エスタの本気の一撃を受けながら、灰と化す事もなく。


「負けてしまいましたねェ」


「どうかな。まだ戦えそうに見えなくもないが」


「フッ、ククッ。えぇ、出来なくもない」


 眼前に立つエスタを見て彼はニヤッとする。


「ですが勝てもしないでしょう。この様では、とても太刀打ちは出来ません。いやあ、少し安心しましたよ。ワタクシが望んだエスタ・グラムは魔王に相応しい強さを持ち、容赦なき一撃で敵を仕留める……。あぁ、最も望んだ結末ではないとしても、それがまた良い」


 がくっと膝から崩れ、俯く。首を差し出すように頭を垂れた。


「我が一撃を以て倒れずとは貴様も中々のものだった。灰にしてやるには惜しいが、それもまた望まぬのであれば首はもらい受けよう」


 剣が振り下ろされ、ごろんと首が転がる。


 ゴグマの体が力なくずしんと横たわって動かなくなった。

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