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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第一部

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第42話「千年で得た答え」

「仕方のない奴らじゃのう。……ああ、いや。あれはそうか」


 いつもならばわざわざ聞く耳など持たないが、目に映した状況に返事なくルヴィの元へ飛び跳ねる。必死にその場でフロレントを守って槍で重い肉切包丁の乱撃を受け流し続けている姿を滑稽だと鼻を鳴らす。


「てめえ、何をやってやがるんじゃ」


「見て分かんないの、しっかり守ってんのよ」


「守るってえならもっと気ぃ張らんかい」


 目隠しされたフロレントを抱きかかえ、首飾りのログハウスの中へほうり込む。目を覆っていた黒い影は消えて、彼女は窓の外から声を掛けた。


「ねえ、どうなってるの!? あの空に浮かんだ目は?」


 悍ましい眼。見あげてヤオヒメは眉間にしわを寄せる。 


「ありゃあ《狂気の炯眼(パニック・アイズ)》っつう、ゴグマの能力じゃ。一度でも目が合っちまったら抵抗力を持たねえ奴は気が狂って凶暴になる。てめえみてえな奴だと発狂して二度と戻らねえだろうよ。だからルヴィが助けたんじゃ」


 いくつもの命を刈り取るうえで彼にとって欠かせない能力。かつて魔界で種族間での戦争でも、一方に与するふりをして同士討ちをさせるなど地獄絵図を創り出して愉悦に浸り、最中に生命力を吸いあげる残酷さでは随一の存在だった。


「……あれを見ちまったら、年寄りだろうが我が子だろうが形が分からなくなるまで何度だって叩き殺すほどの狂気に呑まれる。俺様はともかくルヴィはそれなりにキツいはずだ。あいつよりゴグマのほうがいくらか強いからよう」


 五体の魔族の中で最も新芽と言えるルヴィが本領発揮も出来ず、目の前の魔族相手に手間取ってしまうのも無理はなかった。フロレントを守るために少なからず直視してしまったのだから。


「私のせいで……。どうしよう、助けられないの?」


「悪いが魔族ってなあ、てめえが思ってるより複雑なんでのう」


 いくら状況が厳しいものであっても。契約者がいたとしても。水を差されるのは侮辱に等しい。ルヴィは誇り高い吸血鬼だ。邪魔などもってのほかだとヤオヒメはいくら頼まれても、それだけは聞けないと動こうとしない。


「安心しろ。いくら頭がグラついておろうが、あれが負ける程の雑魚でねえのは俺様もよう知っとる。き、ひひ。まあ、じきに片付く。見物なのは……」


 ルヴィと鹿の頭骨を被った魔族が打ち合いながら、その場を離れていく。追いかけはせず番傘を広げて悠々とエスタたちの戦いを見守る態勢に入った。


「魔族同士でも、ゴグマは中々に曲者でのう。奴は嫌いじゃが戦い方は愉快じゃ。てめえは小さな家の中で高みの見物でもしとれ。あれが、魔界でも上位を争う者同士の戦いって奴じゃ。────見ろ、結界が開くぞ」


 エスタが剣の切っ先を空に掲げる。紺碧の輝きが彼女の周囲を渦巻き、広がりながら強い風を巻き起こす。フロレントが初めて見る本気のエスタ・グラム。最強の名をほしいままに魔王として君臨する存在の能力。


「決着をつけよう、ゴグマ。────果てなき戦いの地を此処へ。我が波導の息吹と共にいでよ、《誇り高き龍の決戦場ドラコーン・モノマキア》」


 周囲の景色が一変する。巨大な鐘が鳴り響く教会のある廃都。かつては人間が暮らしていたかのような広大な街の景色が、フロレントを驚かせた。


「これは……いったい……魔界にもこんな場所が?」


 彼女の想像を真っ向からヤオヒメが否定する。


「いんや、魔界ってのは自然しかねえよ。てめえらみたいに文化的な生活ってのは無駄だ。すぐに壊しちまうんで、一部の魔族は国を持っておったが決まった領土ってわけでもなかった。戦が起きる度に環境は変わっておったのう」


 ひょいっと飛び跳ねて建物の屋根をとんとん移り、鐘のある教会の高い屋根から戦いを見下ろす。番傘をくるくる回しながら、キセルを揺らした。


「遥か昔の因縁か、それとも追憶か。────哀れな奴よ、愛した女の喉元に剣を突き立てられず、己を封印した大地を決戦の場に選ぶとはのう」


 ふと思う。この景色を選んだ理由が何かを。


「見せたかったのやもしれんな、てめえに。この世界に確かにあった、遥か千年の歴史。ここはのう、クレールを見捨てた連中のためにクレールが最後まで戦って守り抜いた、今は無き場所を再現しておるのだ」


 ヤオヒメの哀しさと苦しさの混ざった表情と、ただ剣を構えてゴグマと対峙するエスタの二人を視線が行き来する。千年前に何が起きたのか? フロレントが知るときには既に広大な森でしかなかった街が、泣いているように見えた。


「いけませんねえ、いけませんねえ……。この国を見ているとワタクシまで胸が痛くなる。あの人間を見捨てた者たちの、この国を見捨てた者たちの声が聞こえてくるようで……虫唾が走りますよ。えぇ、実に下らない」


 ゴグマがそう吐き捨ててエスタを見つめる。


「封印の中にいてなお、あなたの強い怒りの波が伝わってきたのを覚えています。だから人間は嫌いなんです。ワタクシが手を下すまでもない惨めで汚い羽虫のような奴らでした。本能で生きている方がよほどマシ! なのにあなたの愛するクレールは見向きもしてくれず、あんな連中のために戦ったのですから!」


 たとえ一人残されても戦い続けたクレール。平和などあっさり瓦解するに決まっていると諭して、彼女ならば魔界の王にさえなれると告げた事がある。


 だが断られた。満面の笑みで。────良かった、と思った。


「貴公には永遠に得られない答えだ、ゴグマ。千年ぶりにあの(かお)を見て、改めて思った事がある。────私はそれでも、あの者ら(アドワーズ)感情(こころ)が好きだ」

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