第39話「喰らう価値もない」
異常とも言える圧力。とても同じ魔族とは思えなかったエスクラヴは、瞬時に自分がいかに矮小な存在であるかを理解させられた。
なぜスレイヴがやられたのか。当然、戦闘に長けていないからだ。集団の制圧や暗殺に向いた能力を有すために正面切っての戦いは不得意だった。それは同じ頃に同じ場所で生まれたエスクラヴも同じだ。未練や怨嗟といった負の感情から魔族となった彼らは、少しずつだが確かに力を付けて来た。
特化した能力でいくつもの命を奪い、喰らい、千年を掛けて魔族となった。それがどうだ。人間界に封印されていたと聞く魔族を前に恐怖した。ヤオヒメを敵と呼ぶには、あまりにも強すぎるのだ。
「なんじゃ、誰に唆されたのか知らんが……のこのこ魔界から出てきて俺様たちに勝てると思うておったのなら笑止千万。────頭を垂れろ。地を這い蹲れ。生を捨て死を受け入れよ。であればせめて痛みなく仕留めてくれよう」
怪物。エスクラヴが初めて感じる消滅の恐怖。それらを握り潰して剣を構えた。毒の滴る刃が通るかどうか。否、考えるべくもなく通らない可能性が高い。しかし甘んじて喰われるつもりはない。千年も魔界で猛威を振るって来たのだ。いまさら千年以上も前の先代の魔族たちに後れを取っていては恥に他ならない、と。
『たとえお前が何者であれ、人間共に与するなど魔族の恥も同然! たとえ格が違えども挑むは必定! ここで首を取る!────《強襲の一撃》!」
正面から斬りかかって来る。待ち構えていたヤオヒメが目を見開く。残り二歩の距離で、足下から複数の武器を持った骸骨たちが一斉に剣を彼女に突きだす。
「ハッ、小賢しい。雑魚の分隊で不意討ちを狙うか」
一歩後ろに下がって、骸骨たちの間合いの外に立つ。
「この程度で俺様が殺せると────」
背後からの軽い衝撃。胸を貫く感触と突き出た波打つ刃を見る。
『この程度で殺せるだろうと判断したが?』
全身を駆け巡った痺れに自由が奪われる。ずるりと剣を引き抜いたエスクラヴが数歩下がって自身の召喚した骸骨たちに取り囲ませた。
『俺の毒は苦しかろう。ただ痺れるだけでなく僅かに息をするのが精々だ。いかに俺より強くとも体内に潜り込んだ毒を取り除くのは容易ではない。確かにお前は強敵だが、驕り高ぶったのが知れた底よ』
骸骨たちが構えた槍や剣でヤオヒメを四方八方から串刺しにする。ぼたぼたと溢れて零れた血の海で、がくっと項垂れたまま彼女は動かなくなった。手をだらりと垂らし、指先から血がぽたっと落ちて────。
「────《百火送葬惨禍》」
九本の尾が大きく巨大に燃え盛り、血の海が瞬く間に火を点けた。彼女を中心に渦巻く炎の烈風が刺さった鉄の刃を、荒んだ傷だらけの骸骨たちを呑み込んでいく。次々に塵と化して消え、周囲一帯に建物さえない大地を創った。
自身の魔力でぎりぎりを耐えたエスクラヴも、盾にした腕と踏ん張った足が炭となり動かす事もままならず徐々に崩れていく。
『ば、馬鹿な……俺の魔力の毒は即効性だ、いくら適応しようとも間に合わんはず……! なのに、なぜお前は立っている……!?』
「あァ? たかが残留思念の塊如きが偉そうに」
コキッと首を軽く鳴らしてさすり、落としたキセルを拾う。
「あらゆる毒は俺様に最初から通じねえ。たかが千年、されども千年と侮るなかれ。てめえの勝機など見え透いた幻想じゃ。格の違いも分からぬ小僧が」
背骨をまっすぐ下駄で踏む。小さく罅割れる音がした。
『ま、待て……! 確かに俺が弱かった、ここで死ぬわけには────』
クシャリと潰れる音がして破片が飛び散った。骨ごと魔核が踏み潰され、命乞いも許されず事切れる。残った骨がさらっと砂のように崩れていった。
「喰らう価値もない小物めが。俺様に挑む度胸だけは認めてやっても構わぬが、生憎と敗者のために戯言など聞いてやるつもりはないんでのう」
すうっと尻尾が消えていく。からんころんと下駄の音が響く。
「さあて、さてさて。俺様の仕事はまだ続きそうだのう」
有象無象は絶えず在る。死者の群れが未だ木偶人形との取っ組み合いに興じている間、暇そうに屋根の上から様子を見守った。
「所詮は人間を素材にしただけの玩具か。……くあ~っ、眠たくなっちまうのう。どれ、今は来てからどのくらいの時間が経ったか」
すっと出した指先に火が灯る。ゆらめく中には、小さな時計の針が浮かびあがって、半刻は過ぎていると知らせた。
「む~っ。全然経っておらぬではないか。帝都のゴミ掃除にどれだけ時間が掛かるやらも分からぬというのに、旨味のない仕事だのう」
ぷかぷか煙を吐き出して退屈そうに空を見上げる。それほど遅い時間ではないはずだが、空は酷く暗く曇っていた。今に雨でも降りそうなほどだ。
「……おいおい。来るのが速過ぎるじゃろうに」
ゴロゴロと雷鳴が響き、帝都全域に光の雨が降り注ぐ。なんの躊躇もなくヤオヒメさえ巻き込むので、彼女はどこからか取り出した番傘を広げて弾く。
「────シャクラよお。てめえ、俺様に喧嘩売ってんのか?」
「今ならいい勝負が出来ると思うが」
「けっ。たった半刻たあ、仕事が早過ぎやしねえかい」
「色々あってな。何人かを送り届けて終わりだ」
ハシスは他国への繋がりを持つ有力者たちを集め、シャクラの能力を使って各国へ送り届けた。事情の説明は、一度だけシャクラが顔を出せば済む。わざわざ帰り道を用意する必要もないし、緊急事態の中で彼を拘束し続けるのはフロレントに申し訳がないからと即座に帝都へ向かわせた。
おかげで退屈な仕事が手短に済んだと彼は喜んだ。
「フン、雑魚狩りは嫌いじゃと聞いておったが」
「だが俺の方が早く済む」
「この野郎……。まあ良い、俺様たちも行くとするかいのう」
雨が止んだら傘を閉じて自分の影の中に押し込む。
「ああ。ところで、随分と優しい顔つきになったな」
言われてぎろりと彼を睨みつけた。
「喋んな。俺様を余計な事でイラつかせると後悔するぞ」
「ハッハッハ! それは実に愉快な話だ!」




