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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第一部

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第37話「見届けたくなった」

「ねえねえ、ヒメちゃん。どこ行くのよ?」


「近くに川があるじゃろう。顔を洗いに行く」


 もやもやした気分をすっきりさせるには、冷たい水を浴びるのが手っ取り早い。そうして自分の心を落ち着かせようとした。今は僅かでもフロレントから離れていたいと感じて。


「やめときなよ。そうやって自分から逃げるの」


 腕を掴まれて足を止めた。


「なんでそんなに距離置こうとするの? アイツ、すごく優しいの、本当は分かってるんでしょ。あんたの知ってる人間たちとは違うじゃん」


 ヤオヒメの尾が、ひょこっと一本だけ顔を出す。


「俺様はそうやって人間に裏切られた。同じじゃ、いつか辿る道は。最初は良い顔するくせに、自分たちに不都合だと感じれば首を差しだせと言うに決まっとる。俺様はそれが怖い。未だ恐ろしいのじゃ」


 自分の首をするりと触れて、ため息をつく。


「九度の死を経て、俺様が知ったのは人間共の黒い感情は簡単に膨らむ事だけだ。信じる度に裏切られた。最初は一人を殺し、やがて十人を喰らい、そのうち村を焼き払うほど大勢を殺すようになり、ついには島を沈めた。人間に期待するだけ無駄じゃ。この心の声を聞く耳で何度も何度も突きつけられた現実よ」


 掴む手を振り払い、ルヴィに目を細めた。


「てめえだってそうじゃろうが。下らん同胞の悲願に惑わされ、連中が気に入らずに殺したのは、そこに期待をしても無駄だと知ったからであろう」


 そう言われて返す言葉もない。────はずだった。


「あんたの言う通りよ。あんな連中に期待しても無駄だった。どれだけ努力しても、塗り替えられない現実を前にアタシはただ悪態を吐かれるだけ。誰も認めちゃくれなかった。でも、今は違う。変わるって簡単な事なのよ」


 尾がさらに増える。気付けば六本、赤黒く燃え盛っていた。


「あんたはアタシじゃないから全否定なんて出来ないけど、本当は人間が好きなのに無理してる姿を見てると他人事(ひとごと)じゃなくって……」


「たかが二千年も生きてねえガキ風情が、俺様に説教垂れるってのか!」


 尾が九本になる。明らかな怒りの感情が伝わってきて、ルヴィはビクッと身体を跳ねさせた。ひとたび戦いになったら、とても敵う相手ではない事を知っている。いくら魔族の中でも最強の五体といっても明確な序列はあった。


 エスタが魔王であり、シャクラが次点を行く。そして二人に並び怖れられるのがマガツノヤオヒメ。誰よりも長く生き、多くを知り、敵対する者の全てを圧倒的なまでの強さで捻じ伏せて来た。


 ただ相対しているだけで震えあがる。威圧感だけで、遠く離れた動物でさえもが臆病に逃げ出してしまうほどの恐ろしさ。それでも────。


「アタシは長生きなんてしてない。だから全部は共有できない。でも、その痛みを知ってる。何にも期待できなくなる辛さを。ぶっ壊してみても変わらなかった。あの虚無感、何度も味わいたくないって思った。アタシとあんたは誰よりも人間に近くて似たような感情を持ってる。だから……だから、あんたがずっと塞ぎ込んでるとこなんて見たくない。だから前に進むきっかけをくれる誰かがいれば変われるんだって、アタシは教えてあげたいの! シャクラやフロレントが言葉をくれたみたいに!」


 ふくれっ面で、今にも泣きそうで、殺されるかもしれないと思いながらも必死に多くの言葉を並べられて、気付けばヤオヒメは自分の九本の尾が萎んでいくのを実感しながら、呆れて大きなため息をもらす。


「ガキめが俺様に何を言ってやがるんだか……。んなこたあ分かってる。本当はとっくに期待しちまってるのも。だから嫌なんじゃ、俺様は自分が」


 何度繰り返しても変わらないのは自分も同じなのに、と。


「馬鹿だと思わんか。どうせ無駄だなんて言って塞ぎ込んで、そのくせ九回も死んでおる。土地神として生き、人間共の糧として死に、ついには魔族として目覚めてしもうた愚か者がよ。アイツは良いな、本当に。俺様がずっといないと諦め続けて来た人間が現れちまったら……また期待しても仕方ねえってもんよ」


 また川に向かって歩きだす。今度は暗い顔はしていなかった。ルヴィも黙って彼女のうしろをついていく。


「俺様たちは損だよな。魔族のくせをして、人間と同じように感情なんぞに振り回されてる。いや、きっと魔族ってのは皆がそうかもしれねえのう」


 魔王に君臨しながら人間に憧れるエスタも、闘争に生きながら退屈しない今に矛盾を感じ始めているシャクラも────。


「いつからか人間に近い姿を取るようになったからか、本能に生きるべきだなんて下らん誰かが創った常識(ルール)にもう誰もが違和感を覚えとる。────変わるぞ、時代が。五千年以上も続いた当たり前が、あの小娘一人で壊れるんじゃ。あれは手に入れるぞ、本人すら知らぬ間に何もかもな」


 ようやくルヴィが隣に並んで歩き、満ち足りた笑みを浮かべる。


「面白いわね、人間って。他の連中はクズでいっぱいだけどさ、アイツならきっと全部塗り替えちゃう気がする。アタシも見届けたくなっちゃった」


 着物の袖からするりとキセルを取り出して咥える。煙がふよふよと浮き始め、空を見上げながら珍しく心の底から清々しい気持ちになった。


「俺様も興味が湧いちまったよ。エスタの言葉を借りるわけじゃあねえが、一緒に見届けてやろうぞ。あの者の創る未来とやらをな」

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