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第32話「不意討ちの決着」

 ぎろっとヤオヒメが目を見開いた。あまりの嬉しさに歪で凶悪な笑みを浮かべ、広げた手に力が入って、関節がバキバキと音を立てた。


「おぉ……実に俺様好みじゃのう! いいぞ、てめえがらしくもない(・・・・・・)命の捧げ方をしておきながら敗北する瞬間が楽しみで仕方がねえ!」


 指先を空に向け、くるりと手を回す。


「時を刻むとしようかのう」


 空に浮かんだ赤い月が、端から青く染まっていく。


「さっそく場所を変えて始めようぜ、シャクラ! てめえとの五分をしっかり楽しませてもらうとするかいのう! せいぜい無様に足掻いてみせろ!」


 風のように姿を消したヤオヒメの気配は遠くに移った。フロレントを降ろして、シャクラは彼女の頭を優しくぽんと叩いてから────。


「アレは賭け事に妥協はせん。こうなればお前に手出しはすまい。……そこから見てろ。今のヤオヒメには勝てまいが、せいぜい楽しませてやる」


「……死なないでね、絶対に」


 そっと触れ返されて彼は意外そうに目を丸くしてから、フッ、と小さく笑って返事もせずにヤオヒメの後を追った。


「けっ。あんな小娘なんぞに入れ込むほど耄碌しちまったとはのう。俺様では物足りなんだかい。よほど愉しませてやってるつもりだったが」


 かつての宿敵とも言える相手を屋根の上から見下ろしてキセルをふかす。


「それはすまない、気分屋でね」


「カッカッカ! そりゃええわいのう!」


 瞬時にシャクラの頭上を取りキセルで頭を殴った────はずが感触はない。空を見上げてヤオヒメは可笑しそうにしながらキセルを咥えなおす。


「さすが雷神シャクラ、少ない魔力でも質が違ぇのう」


 空に胡坐を組み、雷の足場が宙に留まらせる姿は中々に美しいと彼女は見惚れた。たとえ魔力に大きな差があっても移動能力においてシャクラ・ヴァジュラを超える者はいない。そこが最も惚れ惚れするところだった。


「だがよう。今のてめえでは俺様に触れるのも難しい。今度は不意討ちなんぞも通じないってのに、どうやって五分で片付けるつもりじゃ。月を見よ、もう二分は経つぞ。そうしているだけでも無駄な時間じゃと思わんか」


 ゆっくり青く染まる月を見ても、シャクラはまったく焦る気配はない。くあっ、と大きなあくびをして「だから?」と鼻で笑ってみせた。まるで五分経つのを待っているかのように。


「……分からぬなあ。俺様に賭けを仕掛けておきながら、自ら勝負を捨てると言うのか。馬鹿にするのも大概にしねえか、とっとと掛かってまいれ」


「仕方のない奴だ。では少し相手をしてやろう」


 また視界から消える。閃光はすぐ背後に迫った。


「フッ、速いのう! だがそれだけじゃあ勝てぬぞ!」


 突きだされた拳を交わし、腕を掴んで地面に叩きつける。シャクラの姿をまた見失う。あらゆる角度からの攻めの手数には唸るものがあったが、しかしヤオヒメにはどれも届かない。


 当然だ。シャクラはまだ魔力を回復しきっていない。一方で彼女は常に全力全開。いくら暴れても消耗はなく、涼しい顔で攻撃の全てを捌き切った。時間は刻々と迫り、残り一分を過ぎていく。


「どうしたどうした、もっと楽しませんか、小僧!」


「ちっ、化け物め。こうまで当たらんとはな」


「当然じゃろう。今のてめえ如き、蟻も同然よ!」


 返しのヤオヒメの拳がシャクラを捉える。今度は逃げられないよう、さらに素早く。重い一撃が彼の体を持ち上げ、貫いた衝撃が石畳の道を駆け抜けて遥か遠くまで砕いた。


「ぐっ……! ハハハ、俺が一方的に……やられるか……!」


「話にならんぜ、シャクラ。てめえの負けだ」


 時間が残り二十秒ほどに迫り、木偶人形たちが捕らえたフロレントを連れてやって来る。処刑の時間だと表情を愉悦に染めた。


「終わりじゃ、小僧。諦めて、その手で殺すがいい」


「お前、自分が勝ったと本気で思ってるのか?」


 パキッと何かがひび割れる音がした。違和感に気付くまで時間は掛からない。マガツノヤオヒメが最も好んで使う、気に入った相手と戦うためだけの結界。それが《傀儡箱庭(くぐつのはこにわ)絡繰遊郭(からくりゆうかく)》。自身より多少劣る程度の、生半可な実力では相手にもならない強力な無数の木偶人形のみならず彼女自身も戦闘に加わるうえ、結界の中ではどこに隠れようとも感知する。逃げている暇などない。


 だからこそ明確な欠点がないと思われがちな能力も、あるひとつの油断から撃ち破られる。たった二秒。残りたった二秒で、首にまっすぐ鋭い傷が付けられた。予想だにしなかった、結界の外側(・・・・・)からの攻撃によって。


「賭けは俺たちの勝ちかな、ヤオヒメ。最初から言っておいただろう?────俺たち(・・・)がかすり傷のひとつもでもつけられたらとな」


 屈辱。それ以外の言葉が出て来ない。かといって賭けを反故にするのは己の誇りを傷つける。握った拳が怒りに震えたが、その矛先は自らに向いた。


「おのれ……。よくもやってくれたな、エスタ(・・・)!」


 結界を打ち破り、首筋に触れた剣を掴む。手から血がぼたぼたと零れるのも厭わずヤオヒメが吼えた。彼女の結界を外側から軽々しく貫き、あまつさえ傷を付けられるのは魔界の覇王として君臨するエスタ・グラムを除いて他にいない。シャクラが余裕を見せていた理由はこれだったのだと彼女は自身の油断と失念が招いた結果に腹を立てた。


「すまぬな、ヤオヒメ。貴公の誇りを利用した真似だ、私とてこのような手は使いたくなかった。だが今回ばかりは許せ、貴公の力が必要なのだ」


 握った拳から緩やかに力が抜ける。いくら腹立たしくとも自らが受け入れた相手の誘いに乗ったのだから仕方がない、と自分の中に諦めを宿す。


「……致し方ねえのう。てめえらの勝ちって事にしといてやらぁ」


 くいっ、と指を動かすと木偶人形たちが力なく倒れていく。解放されたフロレントを睨みつけて、心底鬱陶しそうにしながら契約書と筆を渡す。


「てめえの名前を書きな。賭けは賭けだ、契約してやる」

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