第28話「力を取り戻すために」
いくらか慌ただしさもあったがひとまずは落ち着いて、やっと食事の席に着く。温かい料理が食べられてフロレントも満足だった。
軽く何度か料理を口に運んで味の良さを語らったら話題は遡って、襲撃を仕掛けて来た魔族についての話になる。スレイヴが帝都からやってきた魔族であるかどうか、というものだが結論はすぐに出た。
「────当然、俺たちではなくフロレントを狙っていたのだから帝都から来ていると見て間違いない。状況はあまり思わしくないかもな」
ステーキをさっさと食べ終えて、のんびりスープを飲むみながらシャクラが言った。エスタも、彼の言葉に同意してうんうん頷いている。
「私の見立てが甘かったようだ。皇都を奪還して帝国の兵士を皆殺しにしておけば状況の把握までに時間が掛かると思っていたが、そもそも魔族がその場にいたのだから普通よりも早く勘付かれる事に意識がいっていなかった」
相手が人間であれば皇都の異変に気付くまでにも時間は掛かったし、移動距離や状況の調査も踏まえてフロレントが命を脅かされる可能性は限りなく低くなるだろうと画策したが、失敗だったと肩を落とす。
たまさか混ざっていた魔族に射抜かれた段階で悟るべきだったのだ。自身がアパオーサを召喚して高速移動が可能なように、ルヴィも夜に限っては闇の中を瞬時に移動できる能力を持つ。であれば当然、帝都に巣食っているであろう魔族の何者かがそういった手段を持っていて然るべきであると認識すべきだったと猛省する。
「千年も眠って感覚が鈍っていたやもしれん」
「でもあなたのおかげでシャクラとルヴィの封印は解けたわ」
ほんの少しでも稼がれた時間は、十分すぎるほど役に立ったとフロレントが慰める。ルヴィも「魔族の癖に神経質すぎるわよ。もっと気楽に構えればいいのに」と、強気な彼女が落ち込んでいるのを哀れむような笑いを送った。
「フッ、お前たちは楽観的だな。エスタが下らん事で落ち込んでいるのはともかく、残りの封印を解くのを急いだほうが良いと思うが」
「あら、どうして? 今日みたいに追手が来るから?」
既にかなりの戦力が揃っているふうに感じられるが、フロレントは理解が出来ていないとシャクラは簡単に切り捨てるように言った。
「俺たちは自分の強さを疑ってはいない。だがな、フロレント。俺たちは自分たちが無敵でない事を知っている。何千何万と同胞が喰らい合い、死んでいくのを目の当たりにして、そのうえで喰らってきた。だから分かる事がある。────スレイヴは下っ端に過ぎん。驕りは死を招くぞ」
話を黙って聞いていたルヴィがステーキをごくんと呑み込んで、ふうっと息を吐いてから「シャクラの言う通りだわ」と同調する。皿に残った肉の油をフォークで掻きながら、彼女は言った。
「どんな魔族がいるか分からない以上、アタシたちはどれだけ強くたって現時点で限りなく喰われる側に近い。起きたばっかりで今の搾りかすみたいな魔力だけじゃ、とても満足に戦えるなんて思わないほうが良いわ」
はっきり告げられてフロレントも自分たちの状況が不利である事を実感する。エスタもシャクラも、そしてルヴィも、帝都にいるであろう魔族がどんな相手であれ敗北するとは考えていない。だが相手を雑魚だと断じもしない。
「じゃあ、あなたたちが力を取り戻すためには何をすべきなの。封印を解くだけだと私はともかく皆も命の危険に晒されるのに変わりはないのよね」
意外そうに三人の視線がフロレントへ集まった。この期に及んで心配するのは自分の命ではなく、契約を交わしたいつ裏切るとも分からない素性不明の三体の魔族なのか、と驚かされた。
「うむ……。契約者よ、その性格は直したほうがいい。私たちの命などぞんざいに扱っても許されるような生物だ。片腕が落ちても一日あれば生えてくる」
それはお前だけだとシャクラが鬱陶しそうに横目を流す。
「まあともかく、そなたのためにも魔力を取り戻すのを急ぎたいのだが、であればなおさらに、あとひとつの封印は解かねばならぬ。ルヴィでは駄目だ」
不服な視線がエスタを射抜く。自分のどこが駄目なんだと問い詰めたそうな顔だったが、彼女はまったく取り合う様子もなく話を続けた。
「クレールに封印された者の中にマガツノヤオヒメという変わった魔族がいる。ヤオヒメは少々面倒くさい奴ではあるが回復に特化した能力を持つのだ」
ルヴィをも超えた再生能力は不死性に近いものがあり、クレールでさえ殺しきれないと判断して弱ったところを封印するしかなかった相手。エスタをして魔王に君臨できているのは能力の相性による部分が大きいからだと言わしめる実力者。
それも自分だけでなく他者に影響を与える事もできるため、失った膨大な魔力を完璧なまでに取り戻すにはヤオヒメを頼るのが一番だった。
「じゃあ次に封印を解くのは、そのヤオヒメさんに決まりね。食事を済ませてひと晩ゆっくり休んだら出発しましょ。目的地はどこになるの?」
シャクラが空になったカップにスープを足そうとしてレードルを持った手をぴたっと止めた。一度だけ『本当にヤオヒメの所へ行くのか』とエスタへ視線を送り、彼女がうんとひとつ頷いてから────。
「海を渡った先にある小さい島だ。封印以外に人間や魔族の痕跡もない。つまり俺たちは一度、内陸から出るために帝国の領土を横切る事になる」




