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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第一部

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第27話「気を取り直して」

 勝利への確信。膝から崩れ落ちた骸骨の体から黒く渦巻く魔力が霧散していく。


『……俺が弱いのは自覚していたが、千年前の魔族にさえ勝てんというのか。ルヴィ・ドラクレア……貴様の名を地獄への土産にするとしよう』


 波打つ剣を手に握り締めて掲げ、そのままがっくり項垂れて地面に倒れる。魔力によって輝いていた双眸も光を失って完全に沈黙した。


「んー。名前くらい聞いといてやるべきだったかしら?」


 骸骨の姿をもっとよく見てやろうと近寄る。見目には少し背の高い、骨太で健康的な人間の骸骨としてもおかしくない。他の生物の亡骸に取り憑く死霊系の魔物だったのだろう、と自分の槍を引き抜こうとした瞬間────。


『浅はかな。これしきの遮断能力に騙されるか』


 剣がルヴィの胸をまっすぐ貫く。淡い黒の輝きが、彼女の体に僅かな脱力感を与えた。魔力を吸い取る類の魔剣である事は即座に理解できたが焦りはしない。彼女には『たかが少量の魔力』をくれてやる程度だ。


「魔核を貫いたってのに、まだ生きてたなんて意外だわ」


 胸に刺さった剣を手で掴む。レースの手袋を裂いて食い込み、血がぼたぼたと流れる。彼女は歪な笑みを浮かべて敵を嘲笑した。


「これが本気かよ、千年経ったら魔族も随分雑魚になったものねぇ」


 剣が血の伝った箇所から瞬く間に時を経たかの如く錆びついていく。骸骨の手に僅か一滴が付着しただけで風化を始めた。


『うあ……!? 馬鹿な、なんだこれは……!』


 咄嗟に手を放して剣を捨てて離れた骸骨が双眸を光らせ、ゾッとする光景に思考を忘れる。錆びた剣がどろりと蕩けて落ち、傷口は緩やかに塞がった。ただ不死性が高いだけではなく、血液そのものにあらゆるものを腐食させる毒を持つ。それがルヴィ・ドラクレアを最強の吸血鬼たらしめる所以だ。


「対象は問わない。鉄だろうが骨だろうが、生きていようが死んでいようが、アタシの血はアタシよりも高純度の魔力を持たない者には抵抗できない最強の毒。あんた程度の雑魚を蕩かしちゃう。つまり手遅れ、お分かり?」


 自身の手に付いた血を舐め取り、ククッと可笑しそうに────。


「アタシはルヴィ・ドラクレア。千年前の吸血鬼の頂点。知性ある種族としての誇りから、あんたに礼を尽くしてあげるわ。────名乗りなさい」


 崩れていく指先。伸ばした手を見て悟った骸骨は、がらがらと歯をぶつけて笑いながら、骨を砕き割って突き刺さった槍ごと魔核を取った。


『……スレイヴだ。この身をただ腐らせるには勿体ない、俺の魔核をくれてやる。僅かでも吸った魔力でハッキリ分かった。貴様は強い、とてつもなく』


 放られた槍を受け取り、ルヴィは敬意を示すように掲げた。


「覚えておくわ、スレイヴ。あんたの魔核は失った魔力を取り戻す糧にしてあげる。魔族としての生はここで終わり、続きはアタシのために紡ぎなさい」


 槍が闇の中へ溶けるように消滅すると、魔核は輝いてふわりと浮いたままルヴィの胸へ自ら取り込まれていく。完全に動力源を失ったスレイヴは、やがて完全に腐食して蕩けて土へ還った。


「うーん、良い気分。元気になったわ!」


 体が無数の蝙蝠となって散り散りになり、別荘の前まで帰って来るとひとつに戻る。魔核を取り込んで全盛期の頃に近付いたルヴィは自慢げな表情を浮かべて三人の前に立ち、ふふんと腕を組んで顎をあげて見下ろすような視線を向けた。


「お先に失礼。これで今のあんたたちと並んだかしら?」


「貴公らしい態度で何より。ところで……」


 こほん、と咳払いをしてから、疑問の表情を投げた。


「どこの誰かはもちろん問うたのだろうな?」


「スレイヴって名前の魔族よ」


「それで、どこから来たと言っていたのだ」


 しばらくの沈黙。風の音だけが耳に入ってきた。


「さあ? 聞くの忘れちゃったわ。……てへっ」


 黙ったまま剣を手に取ったエスタに「こら、やめなさい」と無表情でフロレントが止めた。一番聞きたい事だったが、答えが得られなかったのを残念だと思うのは同じ気持ちだ。しかし今に身内で争っている場合ではない。


「とにかく私は状況が理解できないんだけど……。まあ、話は中でゆっくりしましょう。せっかくの料理も冷めてしまったかもしれないわね」


 部屋を振り返ってがっくりする。短い時間とはいえ、スープは温め直せてもステーキはそうもいかない。皿に乗せてしまった以上、焼き直すのも無理だ。そう思ったのだが、実際に目に飛び込んできたのは、温かそうに湯気を立たせている並んだ料理だ。思わず「あれ?」と頓狂な声が出た。


「ム、冷めてしまっては良くないかと思って僅かではあるが時間を緩やかにしておいた。出来立てには劣るやもしれぬが、それほど冷めてはおらんはずだ」


 ふんすと鼻を鳴らして胸を張る。温かい方が美味いというのは、最近になってよく経験した。フロレントにもきちんと温かい料理を食べさせてやりたかったので、外に出る前に魔法を使っておいたのだった。


「ほお、俺も気付かなかったな」


「だろうな。貴公はそもそも気にすらせんだろう」


「ハッハッハッ! まあ、それはそうだ!」


 嫌味を言ったつもりだが、やはり気にしていない。


 フロレントはホッと胸を撫でおろして二人の背中をぽんと押す。


「じゃあ気を取り直して食事しながら話の続き! ほら、入って入って!」

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