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征服のフロレント─全てを失った皇女が全てを手に入れるまで─  作者: 智慧砂猫
第一部

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第26話「弱点なき吸血姫」

 何がなんだかとさっぱりな顔をするフロレントが外に出て行こうとするルヴィを追いかけようとして、エスタに肩を掴まれる。


「まあもう少し待て、契約者」


「……何が起きてるの?」


「闇夜に紛れて招かれざる客がきたようだ」


 エスタとシャクラが、フロレントを守るように傍にぴたりとくっついて、揃って外へ出る。パッと見た限りでは何も起きていない静かな森の景色だ。月明かりで僅かに視界が確保できる程度で見通しも悪い。


「招かれざる客って……まさか帝国兵の追手とか、それともハシスたちに裏切られたなんて事はないでしょうね?」


「うむ、そうだな。前者が近いが、正確には────」


 すうっと目を細めたエスタの殺気が森を駆け巡り、遠く離れた場所で獣たちがざわつく。鳥たちはあっという間に危険を感じて飛び立った。


「魔族だ。私たちの見立て通り、帝国に巣食う獣に見つかった」


 森の中に残るのはフロレントたちと姿の見えない魔族のみ。隠れても無駄だと警告を受けて、敵は暗がりの中からのそのそと現れる。


 襤褸切れ一枚を雑に羽織っただけの骸骨が立っていた。明らかに異質なのは骸骨を渦巻く紫色の輝き。穴の開いた双眸から見える鈍色の光が彼女たちを見つめながら『ただの魔族ではないようだ』と警戒を強めて、片手に持った波打つ身を持った剣を握り締めた。


『……逃げた人間一匹を始末する仕事だと聞いていたのにな』


 罅割れた声が滲む。ゾッと背筋の冷える気配にフロレントの足が竦む。明確な殺意。狙いを絞られた瞬間、胸を貫かれたのではないかと錯覚する。冷や汗がどっと噴き出して、その場にへたり込んでしまいそうになる。


「大丈夫だ、契約者。そなたには指一本触れられぬ」 


アレ(・・)では俺たちの相手にもならん」


 骸骨はじろりとエスタたちを見て、さっさと片付けたいのにと悪態を吐きたくなった。大した魔力も感じられず相手にもならないと断じての事だった。それが驕りだと気付くまでに時間は掛からない。


「何よ、アタシたちは眼中にないってわけ?」


 ルヴィの頭上に蝙蝠たちが羽ばたいて集まり、黒い球体に変わっていく。やがて凝縮され、黒い槍となって地面にまっすぐ落ちた。


 パッと掴み、ぐるりと回して穂先を相手に向けながら────。


「どこからでも来なさい。格の違いも分からない馬鹿にホンモノ(・・・・)って奴を教えてあげるわ。……さあ遊びましょ、仔犬ちゃん」


 骸骨がガタガタと揺れて笑う。


『吸血鬼とは驚いた! 絶滅したと聞いていたぞ、希少種。千年も前に消え失せた種族だとばかり思っていたのに、これは愉快だ!』


 波打つ剣を地面に突き立てると黒い煙が足下から森へ広がっていく。闇夜の中に次から次へと現れる無数の武装した骸骨たちが気配のひとつなく並ぶ。


「うわっ、キモ。何それ、物量で押すタイプ?」


 魔族も戦い方は千差万別。破壊力に特化する者、速さに特化する者、戦況を操る者。その中でも数にものを言わせる持久戦に特化した相手は厄介だ。特に闇夜に紛れて戦える場合、本体は影の中に潜んで姿をくらます。


 いくら雑魚を全滅させたとしても、少ない魔力によって創られる配下たちは瞬く間に再生する。叩くべき相手を叩かねばならず、いずれ息切れが始まった頃に本体によって仕留められるといった最悪の結果になりかねない。


『我が《愚者たちの進軍フォビドゥン・パレード》の物量を並大抵の魔族のそれと同等と思うな、吸血鬼の生き残りよ。千年前の遺物如きが、その枝のような武器ひとつで勝てるなどとは笑止。貴様の言うホンモノとやら、捻り潰してやろう』


 想定通り、本体の襤褸を纏った骸骨が一歩飛び跳ねて下がると森の中へ姿をくらまし、気配も完全に遮断された。


 骸骨たちが一斉に弓や槍を構えるのを見てシャクラがクックッと笑う。「滑稽だな」と小馬鹿にして、不安そうなフロレントの肩をぽん、と叩く。


「見ていろ、小娘。何も知らぬ馬鹿が、ルヴィ・ドラクレアが相性最悪の相手だとも知らずに挑んで死んでいく様を。まさしく愚者のように散る姿をな」


 槍を片手に、呆れながら穂先を地面に突き刺す。あっという間に広がった黒い渦から無尽蔵に突きだす槍が次々と骸骨をばらばらに砕いていく。


「────《串刺しの荊ランサ・オブ・エスピナ》」


 少ない魔力で創造された骸骨はひどく脆い。瞬く間に森の中を罠の如く足下から全て粉砕する槍は頑丈で尖端にのみ魔力が集中しているため、少ない消耗で破壊力も保たれるルヴィの得意な技のひとつだ。


 大地を均す圧倒的な物量も彼女の前では片手に握る砂ほどでしかない。殲滅に時間は掛からなかった。森の中を貫く槍ず瞬く間に骸骨の墓場を作った。


 それだけではない。彼女が最も得意とする事は違う。


『(チッ、あれだけの数を瞬時に全滅させるとは、吸血鬼という種を侮っていたようだ。ここは一度撤退して帝都に戻るべきか、俺だけでは仕留めきれん)』


 退却を選ぶのが最善だ。物量で押し切ろうとしても、その度に最低限の労力のみで全滅させられていては、どちらが先に潰れるかという魔力量の勝負になる。本体もそこそこには戦えるが、ルヴィを相手にした後で他まで仕留めるのは不可能だと判断して、音もなく立ち去ろうとする。────それが失敗だった。


「見ィつけた。逃げられると思ってんじゃねえぞ、ガキが」


 油断? 違う。では実力差か? いいや、そうではない。彼に足りなかったのは知識だ。吸血鬼などとうに滅んだ愚かな種族だと断じて、その特性まで詳しく調べた事はなかった。魔力が続く限り発揮される高い再生力によって不死身に近い事だけが取り柄の夜しか生きられない種族だ、と。


 槍が頭部を半分砕き、棒として振るった一撃が周辺の木々ごと吹っ飛ばす。思わぬ強襲に態勢を立て直した本体の骸骨は、彼女を見て驚かされた。


『馬鹿な。まさか、貴様、闇夜の中で俺の姿がハッキリ見えているのか。あり得ん、いくら吸血鬼といえども魔力の霧で闇に同化した俺を────』


 鋭い視線。殺意の籠ったミモザ色の瞳。同時に骸骨は動けなくなった。頑強な胸骨と肋骨に守られた彼の動力源とも言える魔力の塊────核に、なんの感触もなく気付く事さえ出来ないうちに槍が刺さっていた。


「言ったでしょ、ホンモノ(・・・・)を見せてやるって。吸血姫ルヴィ・ドラクレアってのはね、吸血鬼の中でも最強の存在なの。日光を克服し、銀をも溶かして、あらゆる毒でさえ跳ね除ける。そのうえ暗闇の中は昼間よりよく見えるのよ。残念だったわね、あんたの得意が通用しなくってさ」

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