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第23話「思い出に別れを」

 ルヴィ・ドラクレアという魔族は決してクレールを好意的には見ていない。ただ、一方で敬意はあった。自分を打ち負かした存在。圧倒的な強さを以て捻じ伏せられたとき、いつか封印が解けたら彼女のように強くなりたいと思った。シャクラ以上に彼女は戦いが好きだった。


 だから、その血統を継ぐ者があまりに軟弱であったのが気に入らなかった。どうしても許せなかったのだ。どうして、あの強かったクレール・ディア・アドワーズの血を引きながら、これほどまでにも脆弱な生き物に成り果てたのだ、と。


 簡単に壊れる生き物になんの期待も出来ない。たとえ傍にエスタほどの魔族を付き従えたとしても彼女自身の強さではない。認めたくなかった。────アタシが憧れたクレールは、こんな奴じゃない! 胸中で叫びさえした。


 だが、運も実力の内とはよくぞ言い換えたものだと気に入らずとも感心もした。紛れもなく彼女には、あの大魔導師の血が流れている。そう心も納得して契約をしてやってもいいと思った。面白そうに感じたのだ、小さな芽がどう成長するのか。


「あんたの強運が実力だって言うなら、その願いが叶うところを見届けさせなさい。そのためなら手を貸してやるわ」


「ありがとう。そう言ってもらえると思ってたの」


 自信たっぷりに返されて敵わない事もあるものだと笑う。ルヴィは、こんなにも脆い土くれで出来たような生き物が強気な姿勢を崩さないのが好きになった。


「……ところで本当に、そのゾロモド帝国ってのに魔族がいるの?」


「シャクラの調べではそのようだ。私も実際に一匹見掛けた」


 矢で射られたときの事を振り返ると横目にじろっとフロレントに見つめられてしまい、咳払いをして気まずそうに視線を逸らす。


「ともかく我々の目的は帝国の打倒だが、相手に魔族がいるとなれば話も大きく変わって来る。ただの人間だけなら早々に乗り込んでも良かったが、戦力が分からない以上は封印から解かれたばかりの我々が無闇に契約者の命を危険に晒してしまうのは避けなくてはならない。何があっても彼女を守るのだ」


 念押しされてルヴィがププッと口元を抑える。


「あんたって昔からクレールがクレールが、って口癖みたいに言ってたものね。好きになっちゃった女の面影追っかけるとこが人間みたいよね」


「契約者、今すぐコイツの首を刎ねる許可を貰えないだろうか」


 無表情だが明らかな殺意を持って剣を握り締めるのをフロレントに「まあまあ」と宥められて、腹立たしさを覚えつつもなんとか抑え込む。


「とりあえず戻りましょう。上手くいった事だし、まだ陽も沈み切ってないから、今からだとゆっくり休めるし、ちょっとお腹も空いちゃったでしょう?」


 帰ったら食事だと分かった瞬間、エスタの腹がぐう、と鳴った。


「……こほん。うむ、腹が減るのは自然な事だ。仕方ない」


「あんた、ちょっと人間の生活に馴染みすぎてない?」


「否定できぬ。文化的な生活とやらが意外にも合うのでな」


「ふーん。ならアタシもちょっと興味あるわね」


 魔族は互いに殺し合い、捕食して強くなれる。人間の姿に近いとはいっても本来はそれぞれが自らの種族に添った食事の仕方をするため、人間のように調理するといった行動を取る者はまずいなかった。


 だからかルバルスで初めて立派な食事に染まったエスタには抗えない魅力があった。肉に塩や胡椒を振りかけて焼くだけでなく、絶妙な塩梅で掛かったソースの甘ったるいようなしょっぱいような濃厚な味がたまらなく刺激的だった。


「さあ契約者、早く戻ろう。腹が減って仕方ない」


「はいはい、わかったわ」


 背中をぐいぐい押されて帰路に就く。


 少し歩いてから、ルヴィは魔法陣を振り返った。


「……ばいばい、クレール」


 大魔導師クレール。自分を打ち負かした存在はもういない。同じ魔族ならいざ知らず、人間に負けたのは悔しかった。彼女の血筋であればきっと、そのときは。そんな願いも届かず、心から勝ちたいと思った相手には挑めない。


 胸の中にぽっかりと穴が開いてしまった気がして寂しくて、だが、全てが終わったわけではない。輝きを失った魔法陣に背を向けて前を歩くフロレントの背中を見つめながら、フッと笑って後を追いかけた。


「うん、アタシもまだ生きてる」


 生きる目的は何だと問われれば、分からない。エスタやシャクラに挑むのも、同じ魔族として倒したい相手だからだが、それはクレールに対する感情とは違うものだ。本能的で衝動的なものでしかない。


 だから探す。輝きを失ったものが二度と戻らないのならば、新しく輝くものを見つければいい。封印から解き放たれて千年にも及ぶ苦痛は終わり、これからは全てが始まっていくのだと予感したから。


「おい、何をしておるのだ。さっさとついて来い、置いていくぞ」


「うっさいわねぇ。思い出に浸る時間くらい寄越しなさいっての」


 二人に並んで歩きながら、横目にフロレントを見つめる。


「……あんた、本当にクレールにそっくりねぇ」


「よく言われるわ。あなたにとってご先祖様ってどんな人だったの?」


「う~ん。別に、そこまでどうって事もないけど……」


 顎に指を添えて、小さく思い出し笑いをした。


「ま、面白い奴だったわ。あんたほどじゃないけどね」

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