第17話「和解」
最初から騙すつもりではなかった。ルバルスを守るためには彼女たちの力が必要不可欠だと改めて判断した。他国への交渉材料に使おうという魂胆については否定しない。そうする事で周囲への理解も早まるだろうと予測しての事だ。彼女たちを戦力として数えるつもりなど毛頭なく、円滑に事を運ぶのならば手っ取り早いと考えただけである、と。
そう説明を受けてフロレントは納得する。
実際、エスタやシャクラが殺気ひとつで相手の戦意を削いだり、気絶させられるのは魅力的な力だった。必要以上に血を流さず、臣民を守るといった目的において彼女たちであれば時間を十全に稼げるからだ。
だが、やはりフロレントは納得しても申し出を断らざるを得なかった。ルバルスの防衛に加わる事は不可能だ。彼女には時間を急く目的があった。
「……やはり滞在は出来ないのですか」
「ええ、ごめんなさい」
人間に出来る事など知れている。それは自分の無力さからよく学んだ。ひとつの封印を解くのに、ずっとルバルスに滞在して報告を待っていれば犠牲は増える一方だ。帝国を止めるにはもっと迅速でなくてはならない。
そのために、もし他国との折り合いがつかないというのであれば多少の強硬手段も辞さないつもりだ。たとえ敵に回すとしても。
「それに交渉が上手くいかなかったとき、責任のしわ寄せは私たちではなくルバルスにも降りかかるはずよ。私たちもそれは望んでいないわ」
救える命があるのなら極力救いたい。ルバルスもそのひとつだ、決して憎くて断るわけではない。全てを失い、愛する家族の声が聴きたくなる夜もあった。そんな悲しい想いを誰かと共有したいとは思えないのだ。
ルバルスに滞在する時間はない。シャクラが探せるというのなら、彼に頼んだ方がずっとスムーズに計画は進んでいく。
「ねえ、シャクラ。封印の場所、本当に分かるの?」
「ああ。探知はエスタより得意だ」
「特定するのにどれくらいの時間が掛かりそうかしら」
「長くて数日。だが移動しない分の手間は省ける」
窓の外に見える雨模様の空を指差して────。
「俺の探知範囲は、この空の続く限り全てだ。二日もあれば全土にある封印の位置を正確に特定してやる。その間、俺は何も手を貸せん。目覚めたばかりでそれほど魔力もない」
「それでいいわ。場所を見つけてくれるだけで十分よ」
彼女は改めてハシスたちに向き直って頭を深く下げた。
「素敵な提案をありがとうございました。お受けは出来ませんでしたが、必ず帝国の暴威を食い止め、私たちが討ち倒してみせます。それまでどうか、ご無事でいらっしゃってください。皆様の武運を祈ります」
正しい選択か、今はまだ分からない。だがフロレントは信じた。この先にある未来で多くの命が救われ、再び平和な時代がやってくる、と。
奇しくもアドワーズの血統がそう願わせた。周囲にも伝わる優しくて暖かな祈りはハシスたちだけでなく、傍にいたエスタにまで伝播する。
「契約者よ、そなたはやはり……」
クレールの面影が強く重なる。時間よ、どうか進んでくれるなと願いたくなった。自分の中で沸々と湧きあがる理解できない感情に苦しみながら。
「すまなかった、皇女よ。我々の考えも言葉も足りておらず、必要のない行き違いを招いてしまったようだ。浅慮であった。……もし我々の力が必要ないとしても、これから君たちは帝国を相手にするのだろう。せめてシャクラ殿が探知を終えるまで、ここでもてなす事はできないか?」
どのみち、封印の場所が特定できるまですべき事はない。とはいえ協力をするというわけでもないのに、と申し訳なさを覚えるフロレントの背中を優しく押す手がある。振り返ればエスタがフッと笑んでいた。
「受けてやれ。ここまで来て、いまさら図々しい考えもあるまい。そなたも働きすぎているし、ゆっくり休む時間も必要だ。しがらみのない場所でな」
廃都となったアドワーズ皇国の宮殿では、肉体は癒せても精神はままならない。そこに在るものひとつひとつが──壁の模様でさえ──思い出を蘇らせる。今は傷ついて泣いている場合ではないと気丈に立ち上がっても、根底にある痛みは消す事ができない呪いのようなものだ。
であれば今は人々のいる温かい場所こそが彼女に安らぎを与えてくれる。エスタの気遣いは他の者たちにも伝わり、安穏とした空気が流れた。
「……そう、そうね。じゃあお言葉に甘えようかしら」
「おお、それは良かった。部屋の準備もすぐにさせよう!」
食事は中断となったが、それはそれで良い結果を生んだ。互いの立場を明確にしつつ、和解と未来への期待が出来たのだから、ハシスも喜んでいた。
メイドたちに指示を出して、さっそく一番良い部屋を紹介しようと案内を始める彼らの後ろ姿を眺めて、シャクラがクックッと可笑しそうにする。
「人間は愉快だな。ああも感情がころころ変わるのは見ていて退屈せん。骨のある連中がいないのは残念だが」
「千年も経てば変わるものだ。さ、貴公も仕事に掛かれ」
探知が遅れれば遅れるほど帝国の脅威は近付く。いや、それ以上に知りたい事があった。シャクラも同じだ。わざわざ黙っている事を言わなかっただけで、探知すべきは封印の在処だけではない。
「フッ……仰せの通りに。だが期待はするなよ、俺も魔力は随分消耗してる。不可能だと感じたら、連中の背後にいる奴よりも封印を優先する」
「分かっている。いや、その方が良い。頼りにさせてもらおう」
遠く離れていくフロレントたちの足音を追って歩く。
「ゴミ掃除には数が多い方が良い。我々が誰かを知らしめるにはな」




