第61話 新しい目的地
今までお読み頂き、ありがとうございます。
最終話 カセレスでの話は終了です。
第2章はフランク王国での活動の予定ですが、もし書ければ投稿致します。
聖域暦 160年1月
ラウラの活躍により、全身麻酔が可能になったと報告があがってきた。
全身麻酔薬のエトルフ麻酔薬とナロキ草拮抗薬であった。
エトルフ麻酔薬は、モルヒネの1000倍の鎮痛活性を持つが時間経過により死亡する例があり、同時に開発されたナロキ草から作られる拮抗薬を使って麻酔を解く必要があるとの事。
百科事典には、『中国で鎮痛剤として人間への臨床実験が実施され、モルヒネよりも習慣性が少ないと主張されたが、真偽がはっきりしていないため、日本では1990年に麻薬指定された』とあり、日米では人間に対しての使用は禁止されている。
これらの事を検討した結果、エトルフ麻酔薬とナロキ草拮抗薬のセットは危険度が高いので、緊急時で、かつ、短時間で処置できる場合にだけ使用できる秘匿薬に指定された。
ラウラからの第二案で、吸入式のデスフル麻酔薬が全身麻酔に採用された。
吸入式ではあるが、麻酔効果の発現とその消失が速いのだが、その代わりに患者の観察と薬剤の吸引制御が必要である。
一方、局所麻酔には、百科事典にあったリドカイン【C14H22N2O】を初代様に作成頂き、これを塗るか噴霧して使用することになった。
これらの麻酔は、錠剤を飲んで終わりではないため、医療班を含む衛生部隊が作られ、彼らが行う医療行為になる。
衛生部隊には、医療班だけでなく、医療施設への患者の後送や衛生資材等の補給整備などの人員も必要だからだ。
またラウラからは、輸血という行為に関する研究の申告もあり、部隊員の採血と分析が始まった。
こうして、カセレス連合軍の近代化が進み、防御力が格段に上がった事を受けて、ようやくスローライフの始まりかと思っていたのだが…。
執務室にて
「ロキ、ここまで期待以上の成果であった。感謝する」
「いえ、思いつくままに行動しただけで、私もここまで近代化できるとは思っていませんでした」
事実、セビーリャ領の全域を農業学校の敷地として、全て学校組織に組み込んでしまう案などはマリアの発案であり、農業小作人を学校職員に雇用してしまう案には驚いた。
「南方セビーリャは、メリダ駐屯地と農業学校を一体として、マリアに指揮権を与えて大丈夫でしょう」
「うむ、私もそう思う」
「北方は、ブルゴス領にまで勢力圏を拡大する時期ではありませんから、現状、スサーナの定点観測での情報収集に努めるとしても…現地で屋敷を買い、護衛部隊として2小隊10名と衛生班3名程度を派遣するのが良いと思いますが…」
「私もそれには賛成だ。スサーナを一人きりにするのは不安だからね。問題は東方だな」
「はい…プラセン市には冒険者ギルドと防壁もありますから、防衛という点ではメリダ駐屯地にも劣らないとは思いますが…」
「問題はタラベナ市だね?」
「はい。このままベラスコ司祭に教会建設を続けさせるのか、それとも連合軍の幹部候補生を何名か派遣して、奪還を図るのか…」
「前回、幹部候補生を防衛の企画要員として派遣したはずだったね」
「はい。バダホース村に3名、トルヒリ村に3名、ミアハダス村に3名、プラセン市に3名を駐在員として派遣しています」
「つまり、偵察と奪還作戦の企画と推進をさせようというプランだね?」
「はい。プラセン市にはタラベナ市との交易を禁止していますから、それを再開させて商隊として入市させるのが良いと考えます」
「うむ、連合軍の人員がまだ100名も満たない現状では、作戦遂行まで時間が掛かるだろうが、進める以外には打開策はないからね」
初代様は満足そうに頷きながら
「ひとまず、自称イベリア帝国の首都マドリード勢力の事は置いておくとして、今後はフランク王国内に居を構えて、地盤を築いてほしいのだが…」
「えっ! と言いますと…」
「うむ。フランク王国の技術レベルが唐突に上がった事があっただろう? 君のような異世界から転移者もいない国で、なぜ、そんな事が起こるのか、その原因を私なりに調べていたのだが…」
少しの間の沈黙があり
「原因がわかったのですか?」
「うむ。どうやらダンジョンからの出土品という話だ」
「ダンジョンですか…どこに作られたのですか?」
「いや、実は私は関与していないのだ。オルニャック洞窟が何らかの原因でダンジョン化して、この中からアイテムが見つかっているらしい」
「そこで、洞窟に近いアビニョンに屋敷を買い、マルセイユの海軍力の監視とダンジョンの調査を行ってほしい」
「なるほど…」
「私としては、2年ほど掛けてのんびり暮らし、現地へ溶け込んでもらえれば良いと思っている。活動資金を引き出せるように、両替機を設置すれば問題は無いだろう?」
「サラ、生活面での細かい事柄や現地での人員採用は、君がロキをサポートしてやってくれ」
「はい。承知いたしました」
準備を整えて、カセレス、マドリード、バルセロナ、モンペリエを経由して約20日、アビニョンに到着した2人だった。