第60話 ラウラ
聖域暦 159年12月
私、メリダ駐屯地のラウラは、医療を担当しています。
なにせ、薬草や薬剤の知識は、3代前の分まで記憶として持っていますから。
しかし、厳しい実践訓練でも大した怪我人は出ませんでした。
おそらく、訓練兵達に支給されている防刃ベスト、丈夫なズボン、半長靴、ヘルメットなどが、切り傷や打撲など、当然出るはずの怪我人を少なくしているのでしょう。
「結婚してエルシド隊長も丸くなったものだ」
名物のしごきが、最近優しくなったからだと言う人もいるみたいですが、本当は、訓練生の基礎体力や持久力が向上してきたからだと、私は思っています。
私が安心していたところ、アナが開発した音響閃光弾が採用され、訓練に使われ始めると、状況は一変いたしました。
扱いを間違え、手の中で爆発させて火傷を負う者。
耳元で爆発させて鼓膜を破いてしまう者。
更に今度は、催涙弾という武器が採用され、この訓練では例外なく、呼吸困難や目の痛み、肌に薬剤が付くと水で洗い流すだけでも15分くらいは掛かります。
もちろん、効果を経験する訓練なので、何度も同じ被害を受ける事はないのだけれど。
これらに対する効果的な治療や、対応時間短縮のための治療薬を開発したいのですが、百科事典がアナに独占されているのです。
この事を私は初代様に訴えました。
私にも辞典があれば、事前予測により成分分析が正確にでき、簡単に薬剤を開発できるはずですし、場合によっては辞典の知識を使って、より先進的な治療ができるというものです。
「早く、百科事典を回してください!」
そんな訴えに、初代様が出して来たのは『ドクター』というDVDでした。
地球に行った時に見たダイモンという女医のドラマのようですが、これを私にインストールして、自ら脳内映像で見れば、きっと辞典並みの知識が得られると、なぐさめられました。
それから数日して、ようやく、アナが百科事典を持って私の部屋にやってきました。
「ごめんね、ラウラ。やっと覚えたから持って来た」
「は~? これを全部覚えたのアナ?」
「いいえ、興味のあるところだけよ」
机に積まれた10巻の百科事典をチェックしていたら、すでにアナは『じゃ~』と手を振って、屋敷に戻るべくUターンをしているところだった。
(末っ子は、わがままに育つって、本当よね!)
アナが開発した催涙弾を無効化する薬としてアルカリ性水溶液が有効だと辞典に書いてあったので、pHについて学習した。
更に、DVDから得た知識から、様々な機器が必要だと考えた。
殺菌用せっけん、手術用手袋、メス、鉗子、縫合用針、糸、脱脂綿…
ロキ様に詳細を聞きに行ったのだが、詳しくは知らないと言われてしまった。
本当に知らないみたい。
次に、初代様に聞きに行ったら、手術の場面に出て来た道具類を作ってくれるという。
だけど、条件を付けられました。
まず、動物で練習をして外科的に治る、つまり失敗しない事が保証できるようになってから。
ロキ様が、地球から持って来た、包帯に代わる『伸びる絆創膏』をくれたんです。
これはこれで役に立つでしょう。
ロキ様は私にやさしい。
(なぜ?…)
「手術後に貼れる、もっともっと大きなものは無いんですか?」
「さすがに無いな~ 小さな傷用だからね」
「そうですか、残念です…」
「最初は、学園の『と殺場』で家畜の解体の練習を積んでほしい。慣れたら、野生種を捌く練習を」
「はい。血管や腱を傷つけないようになるまで、メスの練習をします」
「うん、初代様からのアドバイスを覚えていて、安心したよ」
辞典に書かれた臓器の役割などは、主に病気に関連する事項で書かれていて、怪我に関する事はやはり、血管の縫合などに限定されています。
一方DVDでは、様々な縫合針や糸などの名称や、取り扱う上での注意事項を学べる点はすばらしいと思います。
動物とはいえ、大抵の臓器移植を処置できるようになったのは、確かに画像で見て学ぶ事の影響ですけれど、いまだダイモン女医と同じ時間で出来ないのは、くやしい限りです。
それ以外では、絆創膏が大きく進化しました。
材料となるゴムの木を、聖域の森の中から探し出してくれたのは、聖獣でした。
少し怖いけど、なでてあげたいです。
一番の課題であった麻酔効果のある薬草の栽培も順調で、あとは精製による濃縮が完成すれば、ついに人体実験ができるようになるでしょう。
(クククッ 楽しみですわ!)
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