第59話 セビーリャ農業学校の設立
聖域暦 159年10月
領主を排し、セビーリャ農業学校の設立を宣言したマリアだが、ロキは使徒たちが自ら考え、計画書を提出して承認を得たあと、責任を持って実行する事を推奨している。
報連相が出来ていれば、失敗が有っても問題は無い。
早期に対応すれば、大抵の事なら挽回も可能だからだ。
セビーリャの農業都市化計画は、液体肥料を使い、豊作になった。
麦はもう少しで収穫の時期になる。
問題は、これからどんどん生産される農産品を、腐らせずに活用する方法だ。
その解決策は、缶詰だ。
古い百科事典なので、自動の缶詰巻締機は載っていないが、重要なのは雇用の創出であり、手動の缶詰巻締機が好ましかった。
百科事典の写真を元に、初代さまに手動缶詰巻締機のコピー品を10台作ってもらった。
缶はリサイクルショップの在庫品、空気の缶詰をサンプルとして、4号缶(直径74.1高さ113)と、5号缶(直径74.1高さ81.3)、そして6号缶(直径74.1高さ59.0)の3種類の缶をブリキ製で各1000個、製造してもらった。
内容物は、いつもの野菜スープ。若干硬めで調理してちょうどいいだろう。
溢れるほど一杯に入れて、こぼれる状態で蓋を乗せて空気を逃がす。
そして、工作機で蓋を抑えながら、缶蓋のふちを折り曲げしていく。
この手動の缶詰巻締機では、何度も何度も折り曲げを繰り返して完成する。
できあがった缶詰は、再度、煮沸することで殺菌し完成させている。
缶詰の巻締部の変形を目視で確認後、常温保管で3か月、半年、1年の期間後、検査をしてから戦闘糧食としたい。
時間は戻り、ちょうど1年前。
アナは、フランク王国勢力が侵入してきたエリアから、危険を察知して元騎士団の部下2人と共に戻ってきた。
部下の2人は、メリダ駐屯地に異動してしまった元同僚の教師役と入れ替わった形だ。
アナは、そのころ初代が作った硝酸アンモニウムに興味を持ち、いわゆる化学という分野の勉強を始めた。教材にしたのは百科事典だ。
全10巻の中の化学の部分を読み、実際に屋敷の倉庫で実験したりしていた。
最初は水の電気分解についての相談であった。
この世界には電気がないため、倉庫の荷物からソーラーパネルを取り出して、窓から突き出す。電極の距離にもよるが24V10Aのパネルでも充分に電気分解は可能だろう。
この水H2Oから水素H2と酸素Oを取り出す実験からはじまり、空気中の窒素N2と水素3H2と反応させて、アンモニアガス2NH3を作り出した時には、倉庫中が臭くて、初代様からお叱りを受けてしまった。
そこで、学園の中に実験室を設けて、今ではそこで、部下の教師が暇な時に手伝わせて実験と学習を続けている。
問題は、ここから先であった。
私はアナに対して、初代様と『硝酸アンモニウム』は作らない事で合意している事と、それが悪用を防ぐためだと説明した。
すると、
「私も銃や弾丸を作りたいとは考えていません」
と言って反論して来た。
彼女が作りたいのは、音響閃光弾だと言う。
確かに、戦闘状態の者達を一瞬で無力化でき、殺傷力はほぼ無い。
武器としては理想的。
そこで計画書を提出して初代さまに承認を得ることになった。
承認されたのは、綿火薬であった。
綿を原料として硝酸で処理してニトロセルロースとするもので、セルラーゼを利用した人工合成物ではない。
アナは、北方のスサーナや南方のマリアに対し、ライバル心を燃やしていた。
その事を初代様から聞き、私は初めて気が付いた。
『だから、熱心に学習し、研究を繰り返していたのか…』
そして、1年後、学園の実験室で、実用可能な音響閃光弾が誕生した。
穴が開いた鋼鉄の筒の中に、マグネシウムと綿火薬が入っているアルミニウムケースを入れる。
そして、蓋の役目をするトップをネジ込むと、アルミケースに注射針が刺さる。
トップのピンを抜くと薬液の袋が破れ、アルミ内部に薬液が浸み込む。
1,2,3秒で、爆発する予定なのだが…
『パーン!』
大きな音響とともに、まぶしいマグネシウムの閃光が周囲に広がる。
百科事典では、その効果が想像できなかったのだが、想定以上に威力があった。
頭がぼーとして、何も考えられないし、平衡感覚さえ失ってしまう。
2人の兵士に抱えられ、宿舎に避難したアナであった。
音響閃光弾の開発成功に勢いを得たアナは、同じ容器、同じ原理を使った催涙剤の開発に取り掛かっている。
百科事典の旧日本軍が使用していた『みどり剤』、クロロアセトフェノン(CNガス)と呼ばれるものだが、気体ではない。
これも殺傷力が無い兵器であり、承認はされるだろうが、初代様案件だろう。
地球の世界各国の警察で使われているもので、応急処置としては、重曹を水で溶かした物や、せっけんと水で洗い流す事で応急処置を行う。
アナが開発した催涙弾は、音響閃光弾と同じ容器を使った手榴弾型、同じ炸薬を使って拡散させるが、炸薬の適正量を調べるために、小麦粉を使って試験中だ。
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