第53話 2年目のカセレス
聖域暦 159年1月
この世界に来て2年目の新年を迎えた。
フランク王国から来た勢力に、更なる領土拡大策は見られない。
ビトリア領(村)の豪族は、ビルバオ港経由の輸送に通行税を取られるようになり、かつ、未知の物品や新技術の物品には高い税が課されるため、これらの輸送は陸路に切り替えられた。北部の冬は意外と温暖だが輸送に日数が掛かるようになった。
一方、南部バルセロナ領を得た貴族は、中継地点としての利点を活かし、サラゴサ領を得た貴族から海上輸送費を、人員からは宿泊費を得て、売上はあるはずだが黒字にはなっていないらしい。
サラの推測では、フランク王国からの新技術の品物は、外国への販売は許可されておらず、また、帰りの船に乗せる交易品が無いとの情報から判断したようだ。
サラゴサ領はマドリードに最も近く、防壁の強化を進めているが、王国通貨や王国の家具、人員などが大量に入って来ていて、急激な物価高が発生している。
東側3都市を取られたフェルナンデス皇帝は、フランク王国の新兵器クロスボウの存在を知り、これに対抗する手段に困っているようだ。
経済面では貴族の階級意識が強く、教育を重視しない政策では技術革新が起こるはずもなく、井戸ポンプやクロスボウなどのコピー品を試作しているようであった。
地理的には、西側のカセレス連合軍と、東側のフランク王国の貴族、豪族たちに挟まれる形になり、身動きが取れないでいた。
カセレス連合では、下級神にお願いしていた硝酸アンモニウムがビニールの小袋入りで、引き渡された。
下級神からひき渡される物品は全て、メンリオ村の鉱山内、貨幣製造機の倉庫内に出現する。
ロキが転移する以前にも、多くの硝酸アンモニウムの事故があった。
1.レバノンのベイルートで2020年、2750tの硝酸アンモニウムが爆発し市内が壊滅。
2.中国天津市の倉庫で火災が発生。硝酸アンモニウム他が爆発し、周囲5Kmが壊滅。
単体を湿気ないように、衝撃を与えないように保管すれば良いのだが、安全のため液状にした【液体硝酸アンモニア】として、メリダの試験農場に導入した。
辞典には、残留成分がなく、化学的にも生理的にも中性だと書かれていて安心だ。
そして秋には、驚異的な収穫量が得られたので、メリダ駐屯地の周囲に大規模農場を開墾中だ。メリダとバダホースの間は川があって、水に困らないから最適だ。
春の結果を見て、学園の交易所で販売する事にした。
結界ゲートが有って、身元の確かな者しか入れないから安心だ。
また、学園で研究したクロスボウが完成し、量試2段階目で、量産を許可した。
このクロスボウ研究で得た板バネを利用して、弓も改良された。
武器、防具は全てメリダ駐屯所の管轄としており、学園では販売も貸与もしない。
時間は戻り、3か月前の10月
マリアは、自警団長の愛人の逃走を助け、バダホースまでの4日間、このおばさんの足をマッサージしたり、身の回りの世話をしていた。
バダホースで身を寄せたのは、逃げたルイスの家だった。
愛人だったおばさんの信用を得たマリアは、この一軒家の男に紹介された。
「この娘マリアは、あんたと同じ孤児だそうだ。ここに来るまでずっと世話になったんだ。これからもずっとこの家に居させてあげてもいいだろう?」
おばさんの話によると、この男は村長になり損なったルイスが拾った遊牧民の孤児であった。
ルイスのいなくなった家をもらい受け、バダホースを混乱させるために盗みを働いていた。
その日の夜に、男はマリアに襲い掛かり、縄で縛ってしまうつもりだったのだが、マリアの膝蹴りを股間に受けて、男はあっさりとナイフを胸に生やしてしまった。
ヒクヒクと痙攣する男に駆け寄るおばさん。
その首には、先ほどまでマリアを縛るために男が持っていた縄が巻き付き、もう片方は、屋根の梁に引っ掛けられ、その縄をマリアは体重を掛けて引っ張る。
「やめなよ! くう~ ぐ」
抵抗空しく、おばさんの体はあっという間に宙に浮いて、足だけが地面を探すように動いていた。
男の胸に生えたナイフを抜き取り、ルイスからの手紙を探して家の中を捜索する。
すると、あっさりと摩耗したリスボン銀貨とともに、たくさんの手紙が発見できた。
「これでこの任務は完了かな…メリダ駐屯地はどんなだろう?」
そんな独り言を言いながらバダホースを出て、メリダ駐屯地に移動した。
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