第50話 転換期
聖域暦 158年6月
マクダネルは、エルシドが退室した後に残されたスサーナに話し掛けていた。
「グラント商会の次男と結婚して、ビトリアで偵察任務を継続するのは構わないが…」
「えっ!」
(神である初代様には何も隠せないと理解したスサーナ)
「それほどまでに、ロキが与える影響が大きいとは思わなかったよ」
「ロキ様の事も含め、結婚してみたかったのかも知れません」
「うむ。そういうアップグレードの時期かも知れんな。妊娠、出産は可能だが、授乳は無理だ。だれかに乳をもらうようにしなさい」
「それはどうしてですか?」
「我々の人工細胞では、抗体が作れないからだ。授乳とは母親が持つ抗体を伝達する事でもある」
「ありがとうございます」
「ただし、メンテナンスのため、定期的に戻って来なさい」
「はい」
今はまだ、妊娠、出産の機能は無いが、2年後にアップグレードを考えている初代マクダネルであった。
次の日、朝食を取りにダイニングに下りてみると、そこには既にルシアに給仕されているエルシドがいた。
「おはようございます、エルシドさま」
「おはよう、スサーナさん」
「それと俺は平民だし、ここでは英雄でもなんでもないから、ただのエルシドと呼んでほしい」
「はい。分かりました」
そこへキッチンで控えていたもう一人のメイド、コンセプチオン、通称コンチが朝食を乗せたワゴンを押してやってきた。
「スサーナさま、朝食のセットをお持ちしました」
「うむ」
このコンチというメイドは、ルシアと同じく身寄りのない女性であった。
5人のメイドのうち、3人は幼い子供が居るため、洗濯、掃除などの家事メイドとして働き、お客対応が可能なメイドは単身の2人が担当していた。
1階のキッチンに近い小さな個室を与えられたのは、彼女達5人のメイドだ。
昨日と違って、エルシドとルシアの間の壁がなくなったように感じたスサーナは、ルシアに合図して、近くに呼び寄せた。
「今日、お昼過ぎには、ロキ様、サラ、ラウラが屋敷に戻ってくるでしょうから、それまではエルシドさまのお相手をお願いしますね」
「はい。承知いたしました!」
珍しく楽しそうにしているルシア。
彼女にも春が来たのかも知れない、そう思うスサーナであった。
そして、その思い、その考えは、同じ屋敷内の初代マクダネルには共有された。
下級神であるマクダネルには、この屋敷内の使徒の感情や思考が共有できる。
それは、一種の防衛能力であった。
屋敷に使徒以外を住まわせると決まった時点で、アップグレードされた能力。
これにより侵入者が現れても、内部の者が洗脳や裏切った場合であっても早期に発見できる危険察知能力でもあった。
豪傑エルシドという戦闘力の高い他者が、この屋敷内に同居する事のリスクを低減する意味でも、ルシアをエルシドに貼り付けておく事は、最善策だろう。
そして彼を連合軍教官として雇用した時には、専属メイドのルシアを付けてメリダ村の官舎に2人とも送り出してしまえばいい。
そう考えるマクダネルであった。
午後の談話室には、初代を始め、ロキ、サラ、スサーナ、ラウラが集合していた。
エルシドはまだ、入室を許可されていない。
初代
「まず、スサーナからの北方偵察の結果を簡単に要約すると、隣国フランク王国からの勢力は、マドリード勢力のクーデターによって、ビトリアに追いやられた」
「だが、ビルバオをクーデターで取り返したマドリード勢力も経済政策に失敗していて、不安定になっている。間違いないな?スサーナ」
「はい。」
「監視の意味もあって、スサーナは両都市の手前、ブルゴスで商人の一員となり、偵察活動を継続することになった」
事情を知らないでいた使徒たちは、一様に驚いてはいるが、それが任務であり、冷静に受け止めていた。
「今回のクーデターで看板となった豪傑エルシド氏を、スサーナが連れ帰ってきてくれている」
初代の合図で、スサーナがドアを開けて、エルシドを部屋に入れて紹介をした。
「この方が豪傑といわれるエルシド氏です」
「エルシドです。豪傑などと言われ、うぬぼれていた自分が恥ずかしい限りです。平民ですので、単にエルシドとお呼び下さい」
「今回の連合軍設立に際し、連合軍教官の職にどうかと、お連れした次第です」
「そういう事で、ロキ、連合軍官舎が完成次第、エルシド殿に教官室と自室を用意してくれ。尚、ルシアを専属メイドとして派遣するものとする」
「はい。承知しました」
初代から明確な指示が出される事は珍しく、談話室の全員が粛々と実行していった。
お読み頂き、ありがとうございます。
実は、書き溜めた話は第60話までで、以降書けなくなったので投稿しました。
あと10話ですので、最後までお付き合い頂ければ幸いです。