第47話 ビルバオのエルシド氏
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スサーナは今年18歳。
使徒は15歳で生み出されるため、スサーナには2年ほどの記憶しか無い。それ以前の事はデータとして入っているだけだが、検索は素早い。
英雄エルシド…それは10年も昔の事だ。
古くから港を有するビルバオには、外国から様々な製品や技術が入り込み、いち早く発展してきた町。
それだけに、内陸や海からの勢力が、この都市を我が物にしようと奪いに来ていた。
その戦いを制したのがビトリアのエルシドだった。
農民の出身ながら、生来の大柄でがっしりした体格に、鍛えられた筋肉で大剣をいとも簡単に振り回す豪傑。
豪傑エルシドを屈服させようとした海洋勢力側は、陸続きで国境を超え、内陸の農村ビトリアに住むエルシドの家族を人質にしたのだが、エルシドは、真偽の定かでない脅迫に屈する訳にはいかなかった。
河口から城を目指して川をのぼる船に、降伏の合図の代わりに投石機で油樽を投げ入れ、火矢を掛けると共に、自らは城壁から槍を投げて敵の将を打ち取るなどの大活躍をした。
結果、海洋勢力とその協力者たちの侵攻をくじき、『英雄エルシド』と呼ばれた。
だが、故郷の内陸ビトリアにいた家族は既に惨殺されたあとであった。
もちろん、脅しの際には既に惨殺されていたのかも知れないし、どうする事もできなかったであろう事は理解していたエルシドであったのだが…。
農村である故郷ビトリアは、戦火にさらされる事なく、以前のままの姿でエルシドを迎え入れ、両親と妹の墓を守りながら心の傷をいやしていた。
まさか、5年後にこの地の領主が海洋勢力であるフランク王国の豪族から嫁をもらうなど、思いもしなかったであろう。
この領主の嫁は、戦いで負けたフランク王国が、賠償金という名目の持参金と共に送り込んだ毒婦であった。
だが、経済的な侵略はすさまじかった。
隣国フランク王国から新しい農産物の種や、改良された農機具が入って来て、村も急速に発展していく。
道路が広くなり、井戸の桶が外されて『ポンプ』という機械が取り付けられ、僅かな力で水が汲めるようになったし、石鹸という物も入って来た。
だが問題もあった。新しい農機具と新しい作物の種を買える者は豊かになり、高価だった油が安くなった一方、小作農家は仕事が少なくなり、落穂拾いや薪拾いでは生活できなくなっていた。
農村内で収入の差が大きくなったのだ。
低所得者の訴えを持って、村の代官やビルバオ城に行った『英雄エルシド』だが、今や彼の訴えに耳を貸す者はいない。むしろ、領主夫人からは敵対的な目で見られている事に気づく。
そう。領主夫人は彼が撃退した豪族一族の者だったのだ。
肩を落とし、ビルバオ城を出た彼の耳元に、一人の門番が言う。
「マドリードのフェルナンデス皇帝なら、力になってくれると思うぞ…」
「えっ、本当か?」
「あぁ、彼は地元を愛する人だからこそ『皇帝』を名乗り、他からの侵略に対抗しているのさ。あんたと同じなんだよ! 金に目がくらみ、他国と手を結ぶような人とは違うよ」
「それもそうだな…よし、行ってみるよ」
こうして司祭エルシドがマドリードで誕生し、大名行列よろしく150名の重歩兵の戦闘団と共にビルバオの聖堂にやってきた。
皇帝の名の元に、新たな規則がフェルナンデス金貨とともに公布された。
就任式には、領主や役人たちの出席が要請された。
招待ではなく、皇帝の名で『出席するように』と書かれていたのだ。
皇帝の公布事項は
司祭エルシドにバスク州の自治権を与える。
司祭エルシドにレオン州の自治権を与える。
などと書かれていた。
尚、自治権とは管轄する地域の規則を制定する権利、及び、税を徴収する権利をいう。
マドリード勢力による事実上のクーデターである。
さすがに領主は了解するはずはないが、治安部隊しか有せず、英雄エルシドと敵対して勝てる状況にはない。
「誰か異を唱える者はいるか? いるなら名乗り出よ! まさかこの町を他国に売り渡した方が良いと思っている者はいないだろうな!どうなんだ!」
シーンと静まり返った聖堂内で、小役人を捕まえて、更に煽る。
「お前はどうなんだ! 従うのか従わないのか?」
「い、いえ私は皇帝に逆らったりしません…」
「では、ここに居る者は全員従うのだな?」
たまらず小声で何かをつぶやく者がいたのだが、すぐさま捕らえられ、殴られ、聖堂から引きずり出されて消えていく、
こうしてこの日から数日後、領主や役人がビルバオを去っていったのだった。
大名行列をなしていた150名の重歩兵の戦闘団も50名ほどになった頃、フランク王国寄りの者達は、人口1万人ほどの農村であるビトリアに居を構えていた。
新領主、司祭エルシドは、貧しい者がより貧しくなるのが許せなかっただけだ。だが、彼の故郷ビトリアは、旧領主と豪族一族に支配され、もはや自分の支配下には無い。
これからどうすれば良いのか…全く分からないエルシドであった。
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