第28話 ベージャ
「えっ、何年前です?」
「かれこれ5年前になります。校長室に飾ってあったマクダネル様の肖像画、よく見てました。ですから、街中でお見掛けした時、一目で分かりました」
「ですが、ベアトリス様、こちらにおられるのはロキ・マクダネル。二代目です」
「まあ、失礼いたしました」
「いいえ。それにしても、ベージャの農場は立派ですね。あれはベアトリス様が?」
「はい。カセレスの学園で学んだ『統治の基本は衣食住と自衛』ということを実践しているだけです」
「なるほど…ですが、なぜリスボンではなくカセレスを選んだのですか?」
「それは単に派手なリスボンの文化より、地味なカセレスが私の好みだったからです」
「そうですか…そんなベアトリス様は、グランドラをどのように見ておられるのですか?」
「はい。グランドラはリスボンを目標にしています。つまり貴族社会が理想なのです。その点、ベージャには自由があるのです。殿下はこんな私にも、自由に采配が振れるようにしてくださる懐の深さがあるのです」
「ほめ過ぎだよベアトリス。私は軍事には詳しいが、農業の事などほとんど知らなかったのだ。だから君に任せた、それだけさ」
ちょうど、食事が運ばれて来た。
さすがに農業に力を入れている都市だ。
いろいろな野菜がゴロゴロ入ったスープ。
カボチャ、タマネギ、ニンジン、キャベツ…何かは不明な謎肉も。
静かに食事が進み、お茶の時間になった。
沈黙を破るように、サラが核心に触れる話題を振った。
「おふたりの会話を聞いて、ベージャは信用できる相手だと判断致しました。実は今回、ベアトリス様の弟君ニコライ殿が身元を偽って入学した目的を探りに来たのです」
「えっ、弟が?」
「はい。しかもバダホース村の村長の娘と同室申請して来たのです。なぜ、娘に男に扮装させてまで帯同させているのかは、こちらでは分からないでしょうけど…」
『ガタッ!』
椅子の音が鳴るほど慌てて立ち上がったベアトリス妃。
「すぐにエボラの兄に確認致します!」
一旦、席を離れたベアトリス妃が、手配を終えて戻ってきた。
「申し訳ありません。まさか弟が私のマネをするとは…」
彼女の謝罪を手で制して言う。
「おふたりに、現状の私の考えを聞いてもらいたいのだが、いいだろうか?」
「はい」
「ぜひ、お聞かせください」
「まずはリスボンについて」
リスボンは漁村から発展した海洋都市だ。今は沿岸に出ることができる船を使って、近郊の漁村との交流は可能だろうけれど、基本的には取るだけの文化だ。
つまり奪う事が富を得る唯一の手段。それが海洋都市だ。
従ってグランドラは、近いうちにリスボンに飲み込まれるだろう。
そのあとは、ベージャやエボラに侵攻してくるに違いない。
だが、ベージャが衣食住と自衛に尽力していれば問題はないだろう。
ベージャの農業は、取るだけの時代から育てる農業へと1段階進化している。
これが内陸の文化であり、今後はさらに、消費以上の収穫がある時に加工し、日持ちがするように発展していくだろう。
一方、カセレスの東側にも脅威がある。
マドリードにフェルナンデスという皇帝を名乗る支配者が現れ、教会という宗教団体を作り、支配地域を広げている。
彼らも、奪う事で富を得る集団だ。
「こんな状況下にあっては、身分を偽って知識を得ている場合ではない。内陸都市が手を取り合って、この混乱の時期を乗り切らなくてはならないと思うのだが…どうだろうか?」
「マクダネル様、誠にその通りだと思います。どうか我らグティエレス家も仲間に加えて頂きたく、お願い致します」
殿下の隣でベアトリス妃も一緒になってお願いポーズをとっている。
私がサラに頷くと、連合に参加するための具体的な手続きについてサラが説明を始めた。
「来年からになりますが、ベージャから最大20名を生徒として受け入れます。」
「そして、連絡をスムーズにするため、カセレスから定期的に郵便部隊が来ますので、課題があれば文書で連絡をください」
そう言って、ふたりの了解を得た。
残る問題は、エボラのアルベルト家3男ニコライとバダホースの村長の娘の婚約についてだ。
「別邸から見た農場の景色は、また格別なのでしょうね」
サラは私の手を取り別邸のベランダに移動した。
ベアトリス妃を誘導して話を聞くつもりのようだが、陽が暮れた農場には、見張り番が持つ松明がぽつぽつと見えるだけで真っ暗だ。
だが、ベアトリス妃は、サラの意図を察したようで
「そうですね、3年前には何も無かったのですから、感慨深いものがあります。」
そう言いながら、ベランダにやって来た。
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