第19話 東方の情勢
平日は17時と19時の2回予約投稿の予定です。
季節は夏。
前世では暑がりで汗かきだったけど、それほどの暑さだとは感じていない。
扇風機が無いこの世界では、ありがたい事だと思う。
朝食の案内に、サラが部屋に来た。
ダイニングに移動し、軽い朝食を食べて、執務室でサラの報告書に目を通す。
マドリードという都市に、フェルナンデスという皇帝を名乗る支配者がいるらしい。
この支配者は、マドリードを首都と呼び、周囲4都市を支配下に置いているという。
確かに、マドリードは人口が多かった事もあり、最も兵力が多く強いそうだ。
(私の知るスペインのようだ)
書棚から旅行用に買った『旅の友』という雑誌のヨーロッパ地図を広げた。
確かに、左下にセビーリャ、右下にムルシア、右上にサラゴサ、真上にビルバオ、すぐ右にマドリードがある。支配者は、この地域をイベリア帝国と呼んでいるらしい。
「ご主人さま、これは一体?」
「私のいた世界のヨーロッパという地域の地図だ。ここイベリア帝国はスペインの地形とほぼ同じように思う。ただ、私の世界のスペインは高原や山地に覆われていたのだが、この世界では平野部が大半のようだね」
「このポルトガルとは?」
「隣の国だけど、この世界でもポルトガルという国なのかは分からない」
サラの話では、マドリードが周囲4都市を制圧している事実はない。
皇帝を名乗るフェルナンデスが各都市に『司祭』を任命し、自治を認めたらしい。
周囲4都市の中でも、東側にあるサラゴサは、隣国アンドラの支援を受けているという噂もある。
そんな4都市が塗り絵をするように、周囲の陣取り合戦をしているとの情報もある。
東隣の地域は『フランク王国』と名乗っていて、潜入している使徒ラウラによって、フランク王国金貨の存在も確認できている。
どうやらフランク王国からの侵入に対するマドリード勢力の情報戦のようだ。
捕虜に対する調書の2枚目は教会に関するものだった。
そもそも宗教とは、人間の力や自然の力を超えた存在への信仰だろう。
それをフェルナンデスという皇帝は、超越的絶対者として自らの肖像画を飾り、これに対する忠誠を誓わせたのが始まりのようだ。
ヒントがもうひとつあった。
下級神マクダネルは通貨経済の到来に先立ち、現在の大金貨、金貨、銀貨、銅貨を鋳造していたが、25年前にこれらの貨幣を豪華な化粧箱に入れ、カセレス連合以外の豪族にも配って『争い無きように』と説いて回ったことがあるそうだ。
豪族の中にもカセレス銀貨やカセレス銅貨は既に普及していたのだが、彼らも金貨の鋳造に憧れ、自ら鋳造の実現に力を入れたそうだ。
もちろん、当初はマクダネルが大半を鋳造し、悪貨がはびこる事はなかった。
カセレス周辺の5都市は、学園の建造に必要な木材、種籾、陶器、農具、衣服および労働力をマクダネルに提供し、貨幣を得て、やがて周辺5都市がそれらの循環により生産能力を整えて、聖域連合へと成長していったのだ。
この成功例を見て、マドリードの豪族フェルナンデスが、自らの肖像を図柄とする貨幣を作り出し、前述の4大都市セビリア、ムルシア、サラゴサ、ビルバオの豪族に大量に貨幣を寄贈し、皇帝を名乗るようになった。
だが、フェルナンデス皇帝は神ではない。
半島の北方にあるカンタブリア山脈から金を掘り出して、コツコツと造幣のための技術を鍛え上げ、近年、ようやく成功したのだった。
そして、これまで投資した資金を回収するため、これまでの4大都市セビリア、ムルシア、サラゴサ、ビルバオ以外のトレド、そしてコルドバにお金で司祭の地位を売り、司祭用の金貨造幣まで請け負っているのだろう。
それが『Velasco』の文字があるベラスコ金貨だったのだ。
つまり、この教会組織の教祖はフェルナンデス皇帝、教義は金儲け。あとは武力あるのみというところか。
捕虜、コルドバ教会の司祭を屋敷の執務室に連れて来た。
この男には、他の戦闘員とは違い、数段階の洗脳を行ってきた。
食事を与えず気力をそぎ、カセレスに敵対する罪を繰り返し反省させる第1段階。
農業作業などの役務により自らの肉体の不甲斐なさを痛感させて、独房に置かれた小さな『光の塔』に祈りを捧げる。それによって安らかな眠りが得られる。
畑1面をひとりで作業できるように筋肉が付けば、第2段階は終了。
「コルドバ教会の司祭、フアン・マヌエルよ。貴殿の反省は神に届いた。よって、本日をもって帰還を許すものとする。但し、罰は受けねばならない。神の指示を待ちなさい」
コルドバまではメリダとセビーリャ経由の馬車に乗らなければならないが、既に肉体はブヨブヨではないし、独房にあった携帯型の『光の塔』を与えてある。
「毎日忘れず、祈りを捧げなさい」
「はい」
おそらくコルドバまでは、20日は掛かるだろう。
だが、彼を利用できる駒にできた事は大きい。
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