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Réglage 【レグラージュ】  作者: じゅん
ブリュートナー『クイーン・ヴィクトリア』
80/317

80話

 その質問には、ユーリよりも先にカリムが返した。


「チャイコフスキーだ。一応、こんなのでも目指していてね。だからこそ、いい環境で学ばせたいんだが……」


「チャイコフスキィー? それをこのピアノで出たい、と?」


 その名前を聞き、なるほど、というようなニヤケた顔でサロメは、帰るのをキャンセルしてユーリに接近する。


「あんた、チャイコフスキーコンクール出場すんの?」


 目の前で止まり、伺うように見上げた。少し面白くなってきた。


 力強い眼力で、ユーリはその視線を押し返す。


「そうだが。なにか問題でもあるのか?」


 そのためのブリュートナーの最上位モデル。環境だけでいえば最高のもの。


 様々な事柄を頭の中でまとめ上げ、導き出した結論。確率で言えば八割。サロメは少しずつ答えに近づく。


「いーや、こんだけ立派なピアノ持ってんだから、なんか訳ありかと思ったけど、そういうことか、って思っただけ。チャイコフスキーを勝つためにブリュートナー、はいはい」


「? どういうことだ?」


 帰ろうとしたり戻ってきたり、忙しいサロメに翻弄されつつ、ランベールはまだその結論に追いつけない。


 ユーリと目での押し問答をしつつ、サロメはヒントを提示する。


「歴史のあるコンクール。ちょっと挙げてみ」


 それを聞いたユーリがピクっと動いたのを確認した。


 一方、言われた通りにランベールは有名かつ歴史のあるものを挙げてみる。


「となると、ショパン、エリザベート、そしてチャイコフスキー……」


 と、ピョートル・チャイコフスキーの名前が冠されたコンクールの名前が出たところで、サロメは頷く。


「そう。ピアニストが、ショパンでもエリザベートでもなくチャイコフスキーを目指す。まぁ、時期的なものもあるんでしょうけど、チャイコフスキー以外に出る予定ある?」


 一切逸さなかった視線を、ユーリは目を揺らして外した。


「……ない」


 勝った。いや、別に意味ないけど。そんなこっそりと勝負を仕掛けていたサロメは納得する。


「やっぱね。あんたは『ブリュートナー』でコンクールに勝ち上がりたい、違う?」


 核心を突かれたユーリは、今度はランベールに向けて問い詰める。


「おい、なんだこいつは」


 こいつ、とは目の前の、歯に衣着せぬ人物。


 そんな自分を飛ばして会話が進められているが、話の中心にいたいサロメは、気にせずさらに進めていく。


「フランスの貴族様が、ドイツの老舗ピアノを使い、コンクールで勝つ。つまりはそういうことよ」


 点と点が結びついてこないランベールは、少しイライラしてくる。


「全然わからん。もったいぶるな。早く言え」


 はいはい、とサロメはあやしながら少しずつ紐解く。


「ショパンでは使えるピアノのメーカーは、四社でほぼ決まり。スタインウェイ・ファツィオリ・ヤマハ・カワイ。エリザベートはほぼスタインウェイのフルコンで決まり。じゃあチャイコフスキーは?」


 チャイコフスキーは……そう考えた時、ランベールの頭に浮かんだものがある。基本はスタインウェイなどだが、たしか審査員の人物がとある国でコンサートを行った際に使用したメーカーで、初めて聞いたメーカーだったが、かなりいいと話題にした。その結果。


「……創業一〇年程度の中国のピアノメーカーが参入したことがあった。それが——」


「チャイコフスキーコンクール。つまり、このおぼっちゃまは、どうしてもブリュートナーで勝ちたい理由があるってことでしょ。そんで、調律もできるピアニストってことで、注目を浴びたい、と」


「……」


 そのサロメの見解は当たりなのか、当のユーリは無言。つまり肯定。


 長江というメーカーのピアノ。その審査員が、よければコンクールに出してみないか、とそのメーカーの社長に軽いノリでオファーを出したことがきっかけで、使用された。かなり他のコンクールに比べて、緩い基準だ。

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