表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Réglage 【レグラージュ】  作者: じゅん
ザウター『オメガ220』
70/317

70話

 頭で何度も想像していても、口に出すと、まるでかき氷みたいにサッと消えて溶けてしまう。かき氷て。こんな寒いのに。と、ひとりごちたところで、ブリジットは落ち着いていることに気づく。というより、自分に大きな声で言い聞かせることに夢中で、息が上がっていた。無心だった。


「……はい!」


 決意の満ちた目で、ルノーに合図をする。「もう大丈夫」と。


 それを確認し、ルノーも元の仕事に戻る。本業だ。


「もうすぐ調律が終わる。今日はショパンだったね。少し試弾して、なにかあったらそこの子に言ってね。きっとうまくやってくれるはずだから」


 と、だらけきってイスと一体化しそうなサロメを指差す。


 聞いていた話と違い、やる気の微塵もないサロメは体を起こした。


「今日は見てるだけでいいって言ってませんでしたっけ? 今なんて?」


 私のほうがいい調律できる、みたいなことも。もう一回言ってもらっていい?


 だが、素知らぬ顔でルノーは予定を違える。


「やっぱり来たんならやってもらおうかな。ほら、社長命令」


 こういう時に社長は便利だ。なにを言っても許される。それに、調律に関してはサロメのほうが上手い。もう伝えたいことも伝えたし。老兵は死なず、ただ消えゆくのみ。いや、消えないけど。ここにいるけど。


 気だるげに立ち上がり、前屈したり、胸を張ってリンパの流れを改善しながら、呆れたようにサロメはピアノに近づく。


「はっ。そんなことだろうと思った」


 ぐちぐちと、ルノーにも聞こえるように小言を言う。まぁ、ある意味予定通りなので、気にならない。音もルノーが調律をしているものを確認している。


「調律、みんな気づいてるよ」


 キャリーケースから道具をまさぐるサロメに、ルノーは声をかける。内容は店のピアノ。


「なんの話でしょーかねー」


 ふてぶてしく知らんぷりをするサロメ。いい調律をしたはずなんですが、と身に覚えがないアピール。実際、美しいユニゾンで輝きを増しているのは事実。


 トゲのあるサロメ対し、真っ向から立ち向かうことをルノーはしない。認めつつ、触れないように優しく手に納める。

 

「責めているわけじゃない。あれはあれでアリな調律だ。ウチはそのメーカーの特徴を引き出す方針でやってきているが、その時々で柔軟に変化するべきだ」


「話が見えてきませんねぇ」


 チューニングハンマーを取り出し、サロメは微調整に入る。ある程度はルノーが終えているため、あとは『今日の午前に届いた』という点、そして『このあとの温度』。これを頭に入れて、感覚を頼りに音を鳴らす。


 もう調律が始まったので、ルノーは会話を打ち切る。相変わらず、いや、以前よりも確信を持ってハンマーを止めている。そして確認のためだけの打鍵。自分にはできない。おそらく『一時間後に最高の状態へ持っていく』調律。


「まだなにか?」

ブックマーク、星などいつもありがとうございます!またぜひ読みに来ていただけると幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ