55話
「こっちも。こっちも。こっちも」
弾いては戻し、弾いては戻しを繰り返し、ランベールはひとつの結論に辿り着く。
「これどうなってんですか? メーカーそれぞれ個性があって、そこに合わせるように調律するっていうのに、まるで全台、『なにかに合わせたような』調律になっています」
ゾッとするほどに、寸分の狂いもなく同じ趣向の調律がされている。もちろん、台やメーカーによって違う音になるのは当然のこと。しかし、それを除けば同じベクトルで完全にピッタリと合わさる調律。
こんなことが可能なのか? と、身震いするほどにランベールは背筋が凍った。まるで機械がやったかのような精度で重なる。しかし、腑に落ちないのはそこではない。おそらくやった人間に心当たりはあるのだが、以前のアイツならこんなことはやらなかっただろう。
「そうなんだよ……例えば、このカワイといえば、明るくてソフトな丸い輪郭の音だから、かなり性格が違うんだ。これじゃカワイの性能を引き出せていない」
カワイといえば、その『柔らかさ』が特徴である。他のトップメーカーが力強さや華やかさを重点としていることが多いが、それと対をなすようにカワイは独自の音を極めている。スタインウェイやファツィオリ、ヤマハが多くを占めるコンクールでも、カワイのピアノが徐々に増えてきているのは、多様な感性を持ったピアニストが増えている証拠でもある。しかし。
「カワイにしては、鋭すぎます。本来、ブラームスなんかの曲に合う音質ですからね。一般に聴く分にはわからないかもしれませんけど、聴く人が聴けばすぐわかりますよ。僕ですらすぐに気づきましたから」
調律し直しましょう、とランベールは屋根を開け、上前板を外そうとする。
しかし、ロジェは困った顔で「ちょっと待って」とランベールを止めた。
「ただ、この台で言っても、柔らかさの中に力強さがあるとも言える。人の好みだからね。完全に悪いかと言われれば、僕は悪くはないと思う」
その通りだ、と同様の感想をランベールも持っていた。これはこれで新しい音である。間違いなく、他にはない輝きと重厚感を持った、たった一台のピアノだ。自分にはこの調律はできない。
「……そこが厄介なんですよね、一本うなりを良しとするプロもいる。この世界に絶対はない。このカワイを気にいるプロだっているでしょう。ですが」
爪を噛むランベールに、言いたいことを把握しているロジェも「うん」と頷く。
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