52話
翌日。
アトリエ・ルピアノの店長、ロジェ・アルトーの朝は早い。五時には起きて近所を散歩。健康を気にしだす年齢で、奥さんと子供にも恵まれて、長生きしなければと自分に言い聞かせる。仕事は早めに行って、早めの準備。仕事の九割は準備が決まる。実直だが、尻に敷かれるタイプ。
「あれ? 誰かいる?」
七時にアトリエに到着したロジェは、ドアを開けると、店内から物音が聞こえた。泥棒か? いや、防犯は作動していないとなると、店の誰かか。おそるおそる、販売用のピアノをかき分け進んでいくと、
「店長、おはようございます」
奥から出てきたのは、昨日倒れたとマチューから連絡があったサロメだった。手にはチューニングハンマーを持っている。
「サロメちゃん? どうしたのこんな早くに。というか学校は? 体調は大丈夫なの?」
「いやー、昨日はお店に迷惑かけちゃったんで、お詫びじゃないですけど、ここの全台調律だけでもしようかなと。もう終わりましたんで、学校行ってきます」
「え、全台……?」
今はここにあるだけで、二五台はある。オーバーホール中のはさすがにやってないとしても、一体いつからやっていたのか。ロジェは驚いたが、とりあえず元気そうだと確認し、お店を後にするサロメを見送った。
「グランドだけじゃなくてアップライトまでやるなんて珍しいね……あれ?」
うち一台、音を鳴らしてみる。たしかにしっかりと調律されて美しいヤマハのアップライト。しかし。
「この調律……?」
学校まではそんな遠くない。終わったらまたアトリエに戻って、調律依頼をこなそう。あたしは調律師なんだから調律しなきゃ。
そう。
調律しなきゃ調律しなきゃ調律しなきゃ調律しなきゃ調律しなきゃ調律しなきゃ調律しなきゃ調律しなきゃ調律しなきゃ調律しなきゃ調律しなきゃ調律しなきゃ調律しなきゃ調律しなきゃ調律しなきゃ
あたしはそれしかできないのだから。
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