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Réglage 【レグラージュ】  作者: じゅん
グロトリアン・シュタインヴェルク『シャンブル』
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47話

「……ただいま」


 そう言って寮の部屋を開けて、相部屋となっている自室にサロメは入る。その足取りは……重い。重力が自分にだけ三倍となったかのような倦怠感。よくぞ帰ってこれたと自分で自分を褒める。


「死ぬの?」


 開口一番、ファニーはサロメを見た感想を二段ベッドの上から述べた。青い顔色とやつれ果てて見開いた目。昔に観たゾンビ映画にこんなのいたかも、と浮かんできた。


「夕飯食べそこなっちゃって」


 軽口を叩いて安心させようとするサロメ。顔は笑っていない。笑う余裕がない。


 雑音というものは厄介なもので、特に単純作業時に影響を及ぼしやすいと言われており、重い場合は目眩や筋肉の痙攣まであるという。サロメの場合、鋭い聴覚には数倍の雑音が嫌でも入ってくるのだ。仕事で役立つと同時に、仕事でダメージが蓄積されていく。視力がいい人ほど、見えすぎて目が疲れやすいというのと同じことだろう。


「体調悪そう。もう寝たら?」


 珍しくファニーが本気で心配している。ここ最近調律から帰ってくると、疲労困憊のまま寝てしまおうとする。さすがになにかあるのではないかと悟ってきた。


 いつも食べ物のことしか気にしないあの子が、と心配かけてしまっていることを内心では詫びつつ、もうサロメはなにも考えたくない。明日の天気も、明後日の学校も、その次のスイーツでさえも。


「うん、明日もあるから寝るね……じゃあよろしく……」


「なにが?」


 なにをよろしくされたのかわからず、ファニーがベッドから身を乗り出して、下を覗くと、


「……」


「寝てる」


 ファニーは上から降りると、うつ伏せで寝ているサロメを仰向けにし、掛け布団をかける。最近は一緒に食べ歩きできなくて少し寂しい。枕にワンプッシュ、ピローミストを振りかける。トップにホワイトティー、ミドルにブラックティー、ラストにグリーンティーの香り。安眠を促すティーフレーバー。電気を消すとサロメのベッドに潜り込んだ。


「……はぁぁぁ……」


 朝六時に目が覚めると、サロメはまず大きくため息をついた。フランス人の朝は早い。『世界は早起きをする人のもの』という格言もあるほどだ。とりあえずなんか横に寝ている気もするが、よくあることなので無視する。それより無視できないのが、


(なんだろ……気持ち悪い……)


 昨日から続く倦怠感。フランスでは女性の死因は脳卒中が多いと聞いたことがある。いやいや、まさか、と思って症状を見てみたが当てはまるものはない。風邪か、しかし熱もない。ただの頭痛と吐き気とサロメは決定した。


「行かなきゃ……学校は……いいや……」


 体調不良ということにして、サロメは学校は休んで、昼過ぎから調律に行くことにした。今の状態で行ってどうにかなるかわからないが、早く仕上げないと。倍音を避けた調律、ハンマーのファイリング。やることは多い。キャリーケースを引きずりながら五区へ向かう。

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