314話
じっとしばらく睨んだあと、大きなため息をつきながらサロメは顔を背ける。
「……頼んだわ」
店員が下へ降りていくのを確認すると、腕を組んで指を忙しなく動かす。一分一秒でも。早く。結果を。知りたい。
話が見えないまま進んでいく事態に、徐々にカルメンのフラストレーションは溜まっていく一方なわけで。
「サロメ。なにがあった。このピアノは。なに?」
ザイラー。聞いたこと……はあるメーカー。ただ、ヤマハやカワイ、スタインウェイなどとは比べものにならないくらいには、名は知られていない。いい音なのか、どういう傾向なのか。それすらもわからない。今、初めて本物に触れている。
一九世紀半ば、エドワード・ザイラーによって旧ドイツのリーグニッツで誕生したこのメーカーは、そこから約二十年後の一八七二年にモスクワの品評会で金メダルを獲得するまでに至る。
ザイラーをザイラーたらしめる要因として、このメーカーにのみ許された『ドイツピアノ品質保証シール』にある。中立な機関である『ドイツピアノ品質保証表記協会』により、全ての楽器にシールを貼ることができる唯一のメーカーなのである。
透明かつ甘さのある音色は、ピアニストだけではなく聴衆をも魅了する、ピアノ大国ドイツを代表するメーカーのひとつである。
その『マエストロ』。その内部。それをサロメは見据える。
「別にピアノがどうとかじゃない。問題は調律をした人物」
「調律師?」
あなたと同じ。カルメンもピアノに触れた。
ふぅ、とひとつサロメは息を吐く。もう一度、しっかりと音を吟味する。噛み締める。やはり。間違いない。
「心当たりがある。というより、あいつしかいない」
「あいつ?」
全くカルメンには思いつかない人物。誰を。このピアノを通して見ている?




