313話
そのあたりの事情などカルメンにはわかるはずもないが、一応口出し。
「一応聞いてみたら。ダメだったら」
どうするの? どうするんだろう。この子はよくわからないから。ていうか、今日で顔合わせたの二回目だし。
その場合は。再度サロメはピアノに目を落とす。
「こいつをあたしに一度調律させて。整調だけでもいい」
音を。ユニゾンを変えるわけではない。ただ、確認したいことがある。そのためなら。アトリエだって辞めてもいい。そのためだけに。あたしはいるのだから。
もし。このピアノが。『繋がって』いるのなら。
「いや、それはダメだよ。いくらなんでも。この店の者以外が調律するのはダメだ。なにをされるかわからない」
正論で店員は返す。彼女がもし、なにかこの店の妨害を企てていたりだとか。どう考えてもないし、このピアノならそこまで影響はないだろうけども。それでも勝手なことはさせないのが吉。
そもそもが自分はただの雇われの身である。ピアノは高価。なら、現状維持がベター。個人的には調律してるとこは気になるけど。なにせ、ちょっと話題になった調律師。色々お騒がせだけど実力はある、ってのは気にならないと言えば嘘になる。
ムッと眉間に皺を寄せるサロメ。あたしはそんな風に見られてんの?
「しないわよ。じゃああんたがやって。今」
と無茶振り。当然、専門店で働いているからといって、全ての人に調律の技術があるかというとそんなわけはない。むしろ、ほぼ全員できるアトリエのほうが珍しい。販売するだけなら必要のないものだから。
またもシン、と場が静まり返る。下の階の物音さえ聞こえそうなほどに。
ごくり、と店員は唾を飲み込む。と。
「店長に確認してみます。一応」
上の人間がダメと言えば彼女も静まるだろう。責任は負いたくないし。




