310話
だがワインのヴィンテージのように、ピアノも型番が違ったとしても、同じメーカーであれば音の方向性はどうしても似てくる。共通する部分がある。そして『それ』は今のところ……見つかっていない。
「……ん?」
諦めにも近い感情を抱きながら、ゆっくりと確認しつつフロアを歩くサロメ。端にある最後の一台。見た目にはなんの変哲もないグランドピアノ。だが、なにか。引っかかる。
「ザイラー……『マエストロ』。なに? なんなの、このピアノ」
もちろん彼女にとって初めて聞いた名前、というわけではない。サイズも普通の中型。だが、他のメーカーのフルコンなどがある中で。それだけがどこか。異質な光を放っているようで。言葉にはできないけども。肌で感じる。そんな感覚。
触れてみる。やはり特別になにかあるわけでもない。それなのに。
心から。離れてくれない。
「…………」
そこに階段から上ってくる足音。気だるそうにカルメンが近づき問う。
「サロメ。どうかした?」
チラッと横目に見たサロメは、目の前のピアノの鍵盤蓋を閉じる。そして静かに息を吐いた。
「これ」
とは、当然ザイラー『マエストロ』。奥行き一八六センチメートルのグランドピアノ。そこで物言わずに鎮座しているそれを、物憂げな瞳で見つめた。
遅れて上がってきた店員も話に加わる。
「あぁ、それかい? いい音だと思うし、値段も手頃だと思うんだけどね。中々買い手がつかないんだよね。スタインウェイとかシゲルカワイとかは入荷してもわりとすぐ売れちゃうんだけど、これはしばらく残ってるかな。なんだか弾きづらいらしいんだよね」
触った人々の感想。そもそもがこれを選ぼうとする人自体少ないので、なんとなく覚えている。なんでここに置いているのかも。一階でいいんじゃない? と何度思ったことか。
そういった声などサロメは聞く気はない。信じられるものは自分だけ。
「これにするわ。というか、これにしなさい。決定」
と、最後に現れた少女に向かってそう告げた。それ以外は認めない。強く。言い切る。断ることは……許さない。そんな語調。




