308話
しかし弾き手として呼ばれたカルメンは若干の不満を述べる。
「そういうの面倒。私が全部弾く。それで一番いいと思ったものを言う。だけ」
ごちゃごちゃとした雑念は無駄。自分はただ一番肌に合ったピアノを示すだけ。なら変に先入観とかは入れたくない。ピアノは全部愛おしいから。
忖度などなさそうな物言いにハイディはむしろ安心する。
「それで構いません。ありがとうございます」
高い買い物なのだから。もちろん個人での好みというものがある以上、全ての人に合うピアノがないとはわかっているけども。それでも熟練者の意見は大事にしたい。
サロメが店員に耳打ちする。
「てなこと言っちゃってるわけだけどさ。なんかあんでしょ? いっちゃんいーやつ」
「いいやつと言われても……ここにあるのは全部自信のあるやつだから。よく弾かれて成長したピアノばかり」
そう店員が説明する通り、アップライトもグランドも満遍なく調律された逸品ばかり。どこに出しても恥ずかしくない仕上がりとなっている。なので『いっちゃんいーやつ』と言われても困る。全部。としか。
ジロジロと顔色を窺いながらサロメは決意。
「ふーん、ま、いいわ。あたしも色々と見させてもらうわ。二階もいいんでしょ?」
と上の階を指す。店の奥の階段から上がることができ、さらに厳選されたものが置かれている階層。販売店ではこうして別室が用意されているところも多く、この店の場合は二階。
頷きながら店員は促していく。
「あぁ、グランドピアノだけだから。コンサートなどにレンタルしてるのも上だ」
販売もしてはいるものの、どちらかというとプロへ貸し出したりがメイン。値段も一階のものと比べて桁が違うほど。
アトリエにもそういったピアノはあり、サロメも事情はよくわかっている。
「なーるほどね。じゃ、あとはよろしく」
それだけ残し、ひとり上の階へ。そもそも自分の役割はほぼない。ピアニストを呼んだ。それだけで充分仕事した。なら、ここからは勝手にやらせてもらう。




