307話
「どの口が。絶対サロメのこと」
だがカルメンからすれば、該当する調律師はひとりしかいないわけで。いや、アトリエの従業員のことを全員知っているわけではないけども。
背中から撃たれた形のサロメではあるが、軽く受け流す。
「あー、うっさ。まぁそんなわけだから。見せてもらうわ。てか、今日はあたしのことはどうでもよくって。この子に選んでもらうために来てんのよ。面倒だけど」
「お店にご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。よろしくお願いします」
アトリエではなくて違う店で選ぶ。それが彼女達に迷惑をかけていることはハイディにもわかっている。お店の利益という点で。なんだか今になって罪悪感が芽生えてきた。少しだけ。
一番年下、というか年端もいかない子が一番慇懃。それが店員には奇妙に映る。
「あ、あぁ……どういうのを探してるんだい? アップライト? グランド? 実際に弾いてみる?」
話をするならその子に。それがここでの最適解な気がしてきた。なんだかややこしい騎士達に守られたお姫様のイメージ。
買い手なだけのハイディは否定する。
「いえ、私は弾きません。弾くのはこちらの方」
「未来の名ピアニスト。今ならサインも書くけど。写真も飾る? 手形とかとる?」
と、わかりづらいやる気を出すのはもちろんカルメン。きっと後々価値が出ると思う。アルゲリッチとかの、その横に並ばせてもらっちゃう感じで。
とはいえ、店員はただの店員なわけで。勝手にやっていいのかは判断がつかない。
「いや、今は別にいい……かな……ははっ……」
なんだか変な集団に声をかけてしまった。今後は、お客さんから声をかけられた時だけ対応しよう。そう心に誓った。
隅から隅までサロメは観察。広さはアトリエのほうが上。数も……この階だけならギリあっちのほうが上か。
「で? なんかオススメないの? いっちばん高いヤツとか。レアなヤツとか」
そういうのは特別大事に調律されたり。それを見ればここのピアノのレベルがわかる。せっかく来たんだから多少は調べていこう。




