306話
三者三様に店内を物色していると、そこへ店員の男性が近づく。
「どうもいらっしゃい。なにかお探しですか? こちらのアップライトなどはかなり弾きこまれて——」
「あー、そういうのいいから。ていうか。もうちょっとちゃんとここの店のピアノ、調律したほうがいいわよ。依頼は受け付けるわ。ウチの店の誰かが」
手で接近を制しながらサロメが毒づく。そして宣伝、からの他人へのなすりつけ。流れるように。そして店内のピアノ。アトリエだったら絶対に見逃していないユニゾンの心地悪さ。それが耳につく。
見えない圧に押され、店員は足を止める。むしろ仰け反り気味。目もパチパチ。
「……えーっと、キミ、は?」
なんだかものすごい悪意を向けられているような。そして八つ当たりされているような。ともかく、そのあたりの探りを。
眉間に皺を寄せながらサロメが応える。
「三区のアトリエ〈ルピアノ〉のしがない調律師よ。ここの調律担当は大したことなさそうね。ピアノが悲しんでるっつーの」
「え、あの〈ルピアノ〉?」
「あの?」
店員の驚きに対して、見ていただけのハイディがひょっこりと割り込んでくる。『あの』。なんとなく、悪名高そうな方向性の『あの』。
まずいことを口走ったようで、店員が「やべ」という表情で口を結びつつ。
「……なんかすごい問題児がいるっていうのは聞いた……ことがある、かも」
と、やんわり知っている情報を吐露。「もしかして……」という予測付き。
その空気を悟ったのか、サロメの目線は上へ。
「あー、それなら今コンサートチューナーとしてどっか行ってるわ。だから今は平和。平和なアトリエ」
自分ではない。絶対そう。あいつに決まってる。あたしは実力も接客も優良ないち調律師だから。顧客は満足させ続けてきたから。




