304話
壁に飾られたヴァイオリンを、楽しそうにロゼアは歩き見する。
「M.O.Fのあんたに認められてるとはやるじゃないか。しかし、それほどの腕なら弟子がいるんじゃ? 弟子を育てる力はあんたのほうがあるってことでいいだろう。他がどれだけ無能であっても、私ひとりを作り上げただけで全て元が取れる」
コツコツという足音さえも軽やかで跳ねるような。自信がそちらからも窺える発言。誰にも負けないヴァイオリンを作れるという自信が。実際、誰よりもヴァイオリンと『遊ぶ』ことができるのは自分だと認識している。努力も根性もいらない。努力ってつまらないだろ?
「あいつは弟子は取らない。だが、子供がいたはずだ。男だったか女だったかは知らないが。ま、そいつの子供が素直に同じように調律の道に進んでいるかも知らないがね。ファミリーネームも違うらしいから」
きっと違う道に進んだだろう、とリシャールは予想している。だってあんなヤツの背中を見て、あぁなりたいとは思わないはず。そもそもピアノは仕事と割り切ってるから、全くそういったことは家族にも話してなさそうな気も。
不満げにロゼアは振り返ると、深く落胆。
「知らないことばかりじゃないか。全く参考にならないねぇ。その息子だか娘だかもどうせ、ひねくれた性格をしてるんだろう」
食生活も糖分ばっかりで野菜は食べていなさそうな。それでいてワガママ。簡単に想像できる。
言いたいことはリシャールにもわからないでもないし、同意するところがある。だがということは。
「だとしたら、腕も受け継いでいるかもな。単純に比べられないが、もしピアノとヴァイオリンで比較出来るってんなら……あいつのほうが天稟という点では上だからな。お前さんと同等か、それ以上」
あいつは。あいつの『音』の感覚は。常人には理解できない。本来であればM.O.Fであってもおかしくないのに「そういうのいらねぇ」と言って身軽を好んだ。そんな生き方も。アリだと思う。
どこか羨ましささえも覗かせるその言い方。当然ロゼアにとっては。
「気に入らないねぇ」
ということになる。他人とは憧れるものではなく叩き潰すもの。支配するもの。それが。ロゼア・ラルデュールにとっての『音』。




