302話
見つからなかったら。それはそれでしょうがない。生まれた時代を間違ってしまった。ハイフェッツのいる時代に生まれることができなかった自分のせい、とロゼア。
「だれか世界的なヤツにでもくれてやってくれないか? 今んとこ、私にはピンときてるヤツはいないからね」
それこそ、名だたるヴァイオリニスト達。たしかに上手いが、そうではない。それだけではない。心に爪痕を残すような、なにか他の五感に訴えかけてくるような。現時点の実力もあればいいが、それ以上に未来の可能性。そういったもの。死ぬまでに体感してみたい。
サラッとなにか任されたことにリシャールも反応する。
「自分でやったほうがいいんじゃない? 責任を押し付けられても困るね」
ただでさえ忙しい身。もう四〇過ぎだが、まだ四〇過ぎ。働き盛りのM.O.F様。それに対して願い事をするには随分と不遜。だがこの子はこういう子だから、という諦め。相手が誰であろうと物怖じしない。まだ十代半ばにして、その技術は卓越している。きっと、すぐにでも自分を超えていく逸材。
明らかな嫌悪感をロゼアは示す。
「私が? なんでそんな面倒なことを? それはあんたの役目だろう? あんたが選んだのならそれでいい。ただ妥協はしないでほしいね。これは、そういうものだから」
このヴァイオリンは。所有者となったらストラディバリウスみたいに愛称をつけてほしいくらい。でも、そういうヤツとは、自身の波長が合わないことがわかっている。きっとそう。ジレンマ。矛盾。
とことん適当なところと、音には一切妥協しないところ。そういう人物をリシャールは知っている。
「ったく、お前さんは昔の知り合いに似てるよ。思い出しただけで頭が痛くなってきた」
本当なら記憶から消したいくらいだが。脳裏から消えてくれないほどの個性を持つヤツだった。今、なぜだか浮かんできた。




