301話
誰も信じないだろうが、その直感に『音楽のなにか一部分で突き抜けた才能を持つ人物』を感じ取れる、というものがある。姿が見えなくても。音を聴かなくても。なんとなくわかる。それが反応した。店の外を歩く者の中に。確実に。いた。久々に。
その不機嫌さがリシャールにも伝播してきたため、ため息も出る。
「なんだそりゃ。ま、いいか。しかし面白いものに仕上げたな。中々珍しいヴァイオリンだ。相当に扱いが難しいが、扱いこなせれば唯一無二の音になる。そうそう簡単にいないだろうけどな」
傍のカウンターに置かれていたヴァイオリンを手にし、率直な感想を述べた。
そのヴァイオリンは非常に稀有な仕上がりになっている。時代と性能で区分されている楽器ではあるが、そのどれにも属し、それでいて属さない。オールドでありモダン。不思議な弾き心地。弾き手によって、グァルネリなどの名器を超えるものにも、完全な失敗作にもなりえるピーキーな代物。
製作したのはロゼア。あえてそういうものにした理由。
「もしいたら教えてくれるかい? ただ上手いだけじゃない。その先、そこに到達する可能性のあるヤツに託したいからね。あんたなら当然見極められるだろ? M.O.Fなんだからさ」
言葉は少々荒っぽいが、性質は信頼。信用。自身にとっての傑作は、相応の相応しい者に。それだけの自信がある。特殊ゆえに、このじゃじゃ馬を乗りこなせるヤツ。それは誰だ? このパリにいるのだろうか。
ヴァイオリンはほんの少しの板の膨らみや、f字孔の大きさなどでも音は変わる。ひとつとして同じ音は存在しない。その中でも特に。難しく面白い仕上がり。
なんだかM.O.Fを万能の天才みたいに捉えてない? とリシャール。
「もし見つからなかったら?」
今までに数え切れないほどのヴァイオリンを製作してきた彼にとっても、全てどこかに『汎用性』のようなものが組み込まれている。弾きやすいことは重要。表現力と直結。しかしこれは。そういうものを取っ払った不安定さ。薄い氷の上でダンスを踊るような。それゆえ美しい。自分には……怖くてできない。




