300話
ショウウインドウにはヴァイオリンケースや譜面台などがディスプレイされた〈シンチェリタ〉。『真心』を意味する店内には、アンティークな棚や壁に無数のヴァイオリンが飾られており、職人が真心を込めて製作したどれも自信作のみを販売する。
音楽の聖地、と呼ばれるローム通りの中でも古くから存在し、世界中から多くのヴァイオリニスト達に信頼されてきた。歴史ある木の香り。温もり。静かに時を刻み続ける。
その全面を音楽に囲まれた空間。私服の上にエプロンを着用した、ひとりの少女が店外を見つめる。
「……」
その眼差しは鋭く、歩く人々を射殺しかねないほど。だがもちろん殺意、があるわけではない。普段のままなのだが、人にはそれを圧力のように感じる者もいるらしく。
その姿を見、ひとりの中年の男が声をかけた。
「どうした? 誰か知り合いでも通ったか?」
店内に客はいない。だが、この人物も正式には従業員、というわけでもない。
リシャール・ゼム。ヴァイオリンの修繕や製作において国家最優秀職人章、通称M.O.Fを持つ四〇代半ばの男。チェロやヴィオラなど弦楽器全般に通じ、多くの弟子を抱えてはいるが、最も重要な部分のひとつであるf字孔は全て彼が仕上げる。
弦楽器において、弓というものはそれだけでM.O.Fが存在するほど、また別の技量を必要とするが、それも製作している。この店にあるケースなどの備品以外、ヴァイオリンに関するものは、彼というフィルターを通して提供される至極の逸品。
数秒間見つめ続けていたロゼア・ラルデュールだったが、身を翻して店の奥に向かう。
「別に。なにか一瞬……いや、なんでもないよ」
吐き捨てるように。それは少なくとも、楽しいものではなさそうという予感。直感。こういうのは当たるほう。当たってほしくないけど。当たったヤツとは基本的に意見がぶつかるから。




