298話
親切丁寧に弾き方をレクチャーしてくれるもの。初心者向けに、まるで音楽ゲームのようにノーツが鍵盤に降っていき、流れを教えてくれるもの。様々にあるが、ピアノ人口そのものは減るどころか増えている。
とはいえ、中々家にピアノを置くことができない。置けるような賃貸も年々金額が上昇。おそらくはまだしばらくは、この数百年チェンバロから進化を続けてきた楽器の需要はある。だから。一生の仕事だから。自分の意志を早いうちから込めておきたい。
「はー、殊勝な心がけだことで。ま、調律師は減ってる一方なんだけどねー。どんだけあんた達が誇りを持って経営しても、調律する人間がダメならそのピアノは力を引き出せないまま。面倒な楽器よね」
手間のかかる子ほど可愛い。だが、この子は湿度やら温度やら輸送やら、マンボウくらい丁寧に慎重に扱わないと死んでしまう難しい子。そこはサロメとしては楽しいわけはなく。
そのマイナスな発言。カルメンには引っかかる。
「なら、サロメが調律を教えてあげたら。そうすれば少なくともここにひとりは若い調律師が生まれる」
それはいい、とひとり納得。自分は一生弾いていたい。なら、調律師が増えることはいいことでしかない。増えれば増えるほど、切磋琢磨して腕を磨いていくのだろう。そうしないと仕事貰えないし。どんな世界も一緒。ピアニストもそういうものだし。
鼻で笑いながらサロメはスタスタと歩を進める。
「なんでよ。メリットもない。あたしからしたら、この先のピアノ業界がどうなろうと知ったこっちゃないっての——」
言いかけたところで。
足が止まる。
ピクっと反応する。
通りを行き交う人々、ではなく。後頭部がまるで電波のような信号をキャッチしたもの。それは。並ぶ一軒の店。




