294話
「ものすごく不満。ヴィズに騙された」
小さく頬を膨らませながら、事態を把握したカルメン・テシエは愚痴をこぼした。サロメと同じくモンフェルナ学園に通う音楽科ピアノ専攻。以前、レッスン室の調律の際に知り合った仲。
小さな体ながら、非常に濃厚なフォルテッシモを叩くこの少女は、友人のヴィズから「楽しそうなことがあるから向かって」と依頼を受け。音楽街、ということもあり、もしやリサイタルでもやらせてもらえるのでは、と勇んで向かったが、正解は試弾とピアノ選考のアドバイス係。思ってたのと違う。
電話してから三〇分もしないうちに到着。いったいなんと伝えられて来たのだろう。とはいえ責任は他人になすりつけるサロメ。
「騙してない。このあとショコラでもご馳走するわ」
社長がちゃんと用意できていたら。なーんか信用できない。無理やりやらせておいて「そんなこと言ったか?」なんてはぐらかしてきそう。大人は嘘をつくから。
ムッとしていたカルメンだったが、悩んでいても仕方ない。ピアノが弾けるならそれでいい。ローム通りを突き進む。
「許す。早く行こう」
ショコラは全てに安寧をもたらす。それに、この調律師には興味がある。色々と。今日はそういうのじゃないと思うけど、調査。今日は調査したい。
「いいんかい。あんたも不思議ちゃんね」
ウチの学校は変わり者が多いこと多いこと。ま、話がサクサク進んでサロメとしてはありがたい。あまり直接話したことはない相手ではあるが、この際贅沢は言っていられない。というか、なんであたしがここまで面倒見なきゃなんないのよ、マジで。
さて、目的のピアノ専門店。の、前に。カルメンはクルっと顔はもうひとりの人物を捉える。
「サロメ。この子は。人質?」




