293話
腕組みをしてその場をぐるぐると回りながら、ハイディが提案。というかお願い。
「誰か今すぐ来られる方とかはいませんか? ピアノを弾ける。お知り合いの方で」
「あんたの両親呼べば? ちょっとは弾けるんでしょ?」
「今は働いている最中ですから、店を空けるわけにはいきません。今日も予約は入っていますし」
残念ながらハイディはあまり友人というものがいない。弾けるクラスメイト、いないこともないが親しくない。ここまで来てもらうのは少し苦しい。たしかに完全にお任せしてしまっていたこと。そこは反省点。確認も足りていなかった。
今すぐ来られる人。調律師であるサロメにとって、何人かは知り合いでそういうのは候補が出る。が、そこまでしてやる義理がない。というか面倒。
「じゃあダメね。調律師は調律することが仕事だから。ピアニストを呼ぶことは仕事じゃないわ。残念ながら今日はこのまま——」
と、足が駅の方に向いたところで携帯に着信。メッセージ。なんだかタイミング的に嫌な予感がしつつも確認。社長から。その中身。
《なにもせず帰ってきたらショコラは無しだぞ》
「…………」
どこかで見てんの? 盗聴されてんの? キョロキョロと周辺をサロメは確認。もちろんいるわけもなく。恐ろしいほどの勘の良さ。怖っ。
明らかに不機嫌になった。その様子にハイディは眉を曇らせる。
「? どうされましたか?」
それをチラッと横目に見たサロメ。様々なことが頭の中を駆け巡る。ショコラ。ピアノ。そして——。
『ピアノ』を探す小さな少女。
「……やーめた」
「……はい?」
やめた? なにを? 呆気に取られるハイディ。ピアノ探しを? いや、それは困るけども。でもどうしようもないのも事実。だが。
ボケーっと携帯をタップしながらサロメはどこかに電話をかけ始める。髪をくしゃくしゃとかき乱し、ストレスが溜まっているのは明白ではあるが。
「あー、あたし。今ヒマ? ヒマでしょ? ヒマなはず。ヒマにしときなさい。で。ちょっと手伝わない? そうそう、誰でもいいわ。ひとりくらいいるでしょ」
相手の都合などどうでもいい。グイグイいく。これが物事を円滑に進める方法。本当はやりたくないしやる意味もないんだけど。甘いものがかかると人はこうなる。切ったあともため息が漏れる。
なんだかよくわからないし圧倒されたけども。自分のために動いてくれた、ということにハイディはしておく。
「上手くいきそうです、ね?」
いきそう? 本当に? そういってほしいだけ。願うくらいはしてもいい。自分くらいは信じてあげないと。
無邪気な瞳。自分は濁ってる? そんなバカな。キラキラお星様。だがサロメには言えることがある。
「……子供には勝てんわ……」
あと甘いもの。これで実はショコラありませんでした、なんてことになったら。暴動よ暴動。




