290話
例えば、小さな子供が多く利用するのであれば、まず鍵盤を『軽く押せること』。体重が軽いと押すこと自体に負担がかかり、そもそもがピアノを楽しいと感じることができない。ケガにも繋がる。整調などである程度はカバーできるとはいえ、メーカーによって、モデルによって音の鳴る深さや重さが違う。好みが違う。
そこの経営者好みの音を作る。その背骨。どんな方向性でいくのか。が。
「私は全く弾けないので、よくわかりません。値段と相談して一番いいもので」
「は?」
あっさりと言い放つハイディに対して、目を丸くするサロメ。今、なんて言った? ピアノスタジオの経営する予定……だったわよ、ね?
こほん、と咳払いをしてハイディは言葉を正す。
「正確には、本当に本当の初心者レベルで弾くことはできます。きらきら星とか」
素敵な曲ですよね、と感傷に浸る。シンプルで無駄が省かれた美しさ。自分で弾けるなら二割は増して美化される。ということにしておく。負け惜しみではなく。
上半身を仰け反ってリアクションをするサロメ。えー……っと?
「ちょいちょいちょい。『きらきら星変奏曲』の間違いじゃなくて?」
「モーツァルトのですか? まさか。始めたばかりの方がよく弾くほうのやつです」
かの『神童』と呼ばれた男が、自由にアレンジを加えたもの、ではないとハイディは否定する。あれはそこそこの難易度なはず。挑戦しようと思ったこともない。
この曲は黒鍵もあまり使わず、和音の難しさもそこまでではない。だがそれでいて聴きごたえがある。『指またぎ』などの初歩的なテクニックが散りばめられているため、練習にはうってつけの一曲。
最初の基礎を学んだ人が挑戦するくらいのレベル。そこですらないと。サロメは目が点になる。
「普通こういうのってさ。ある程度弾ける人が継ぐもんだと思ってたんだけど」




