280話
軽やかな口調からして拒否権はなさそう、というのはサロメも感じている。睨み合い、負のオーラを纏いながら悪態をつく。
「……かー、これよこれよ。こういう大人になりたくないもんだわ」
少なくとも自分は、嫌だと言っているとびきり可愛い女の子には無理強いさせない大人になろう。女の子は世界共通で最強なんだから。
「で? 返答は?」
「やらない」
「返答は?」
拒否するサロメと、さらりと右から左へ受け流すルノーの図。お互いにバチバチと視線をぶつけて、言葉以外でも衝突をする。
が、先に折れたのはサロメ。こうなるとただ時間を消費するだけなのは明白。
「……あーあーあー、もうわかった、わーかーりーまーしーたー。行きゃいいんでしょ行きゃ」
ものすごーく納得はいっていないけども。理解力が高くて優しいあたしだから先に折れてあげたわけで。感謝しろっての。
そのままじっと見つめ続けるルノーだったが、サロメの「なによ」という最後の睨みを確認し、笑みを向ける。
「よし交渉成立。はいはい、じゃあ気が変わらないうちに。行って行って」
たしか日本には『鉄は熱いうちに打て』ということわざがあったはず。あんまり温まってない気がするけど、ちょっとでも熱を持った今がチャンス。なんだかんだ、始めてしまえば途中で投げ出すことはないだろう。たぶん。
という社長の読みまでサロメには透けて見えている。にも関わらず受けるしかない状況。
「サイアク」
なにもかも。これで帰ってきてショコラがなかったら。この店にあるピアノ、全部キャンキャンした尖りに尖った音に変えてやろうかしら。
そんな店舗内のゴタゴタにもハイディは微動だにせず。
「では、よろしくお願いします。サロメさん」
「あんまよろしくしないわよ」
ちゃっちゃと終わらせて、自分自身の安寧を取り戻すことにサロメは集中する。ヤマハかカワイかスタインウェイかファツィオリあたり。ファツィオリは……さすがに置いてないか。とりあえず、自分なりにいいと思ったピアノを薦めるだけ。
アトリエを出ていく二人の後ろ姿を見送りつつ、ルノーは「さて……」と頭を抱える。
「……ノエル限定か……やっぱ手に入らないよな……にしても」
この頑固さ。やる気のなさ。雰囲気。態度。
「……やっぱ似てるな、あいつに」
重なる。技術も。なにもかも。




