278話
ハイディにとっての自分なりの価値観。それがアップデートされていく。一理ある。慎重に吟味し、そして。
「……なるほど。そこまで言われると逆にお願いしたくなりました」
というところに落ち着く。よくわからないものには飛び込んでみよう。飛び込んでから考えよう。結局、飛び込まないと景色は見えないのだから、あれこれ考えてもしょうがない。
「はぁ? あんた話聞いてた?」
予想外の返事にサロメは声を荒げた。寝れると思ったのに。というか寝る予定だったのに。邪魔されようとしている。それはいただけない。
ふぅ、とハイディは息を吐いた。言われて一度、考えてみる。正しい? うん、たぶん。
「ちゃんと聞いてましたよ。聞いて、理解して。その上でお願いしたいと。信頼などいらないピアノ。気になります」
熱視線を受けたサロメが「あたしは嫌——」と言いかけたところで、遮るように、決意が変わらないうちにとルノーが間に割って入る。
「はい! 決まり! じゃ、行ってらっしゃい! はいはーい」
ぐーたらした少女を起こし、背中を押して追いやる。なぜここまでせにゃならんのか。社長よワシ。
そしてサロメはそれに当然のように抵抗。
「行かないっての」
それは契約違反。自分はグランドピアノの調律だけ、と取り決めていたのだから、これは訴えれば勝てるヤツ?
一応、口約束だけだったので法的にどうなのかはルノーにもよくわからないが、そんなややこしい話にするよりも、簡単にやる気にさせる方法を知っている。
「〈WXY〉のノエル限定ショコラ。あれで手を打とう」
七区の老舗ショコラトリー。甘いもの好きなこいつなら。本当にそんな限定品があるのか知らないけど。
だがそれについてはサロメのほうが一枚上手。
「あれはもう売り切れたわよ。再販の予定もなし。終わった。終わったわ」
思い返すだけで腹立たしい。予約開始数分で完売だった、と聞いている。今年はクリスマスなどなかった。そう自分に言い聞かせているところだったのに。




